いよいよ旧出雲街道を歩き始めることにしました。
出雲を起点とした場合は姫路で旧山陽道に合流して西宮、京都と進んで行きますが、東から来た場合は姫路で旧山陽道から分岐して進みます。
旧山陽道は既に歩いています(⇒コチラ)ので姫路から出雲まで歩きます。
しかし旧山陽道との分岐点が起点ではあまり面白くありません。やはり姫路城から始めないと街道歩きっぽくありません。そこで、姫路城中堀跡を出発点として、そこから南下して旧山陽道を歩き、出雲街道への分岐点に向かうことにしました。08:18:53
ここから出雲街道との分岐点までは、旧山陽道歩きのときに歩いた道筋(⇒こうなりゃ歩くよ旧山陽道(4日目 御着-竜野)(2015/09/06) 1/2)を辿っていきます。
南下して国道2号を渡って一つ目を右折、二階町へ入り、アーケードの商店街に入ります。ここからが旧山陽道の道筋になります。
国府寺(こうでら)家本陣跡
三木氏本陣跡
西二階町の通り沿いには、旧山陽道を通る大名の家紋が並んでいます。
西二階町の一本北の道筋が本来の山陽道でした。ここが中の門通りと旧山陽道とが交差する札の辻です。
アーケードを通過して白鷺橋南から右折して白鷺橋へ進みます。白鷺橋の手前が埋門跡です。
白鷺橋から国道2号の一本北側の道に入ります。 08:40:17
往時の代表的な商店街龍野町に入ると、江戸時代の古い町並みが残っています。左手に姫路の歌人・初井しづ枝の過ごした連子格子に白壁の家があります。市指定景観重要建築物です。
西へ真っ直ぐ進むと、空地にぶつかります。左折を重ねて行くと右手に石碑「表忠碑道」があります。
東今宿の集落に入り、しばらく行くと、右手市民センターグランド隣の高岡分団の前に高岡村道路元標と御大典記念碑があります。
西国街道の標識があります。09:08:59
その先、右手に式内高岳神社への石碑があり、すぐ先左手に双体地蔵尊があります。
下手野の集落に入ります。虫籠窓を備えた古い家が残っています。
明和4年の道標があります。ここから夢前川に出て、因幡河原(姫新線の鉄橋下あたり)から川を川越人足の歩行渡しで渡っていましたが、文化8年(1811)には仮橋が架けられたそうです。 09:38:57
道標にある誕生寺は岡山県久米南町にある法然上人の生誕地です。
迂回して夢前橋(夢前川)を渡り右折して北上します。 09:47:21
橋を渡って旧道の位置まで戻ると、青山の道標(安政2年(1855))があります。ここが追分です。出雲街道は北上し、飾西宿に向かいます。「右 因州 伯州 作州 雲州 往来」 09:52:28
旧山陽道はここで左折します。「左 備前 九州 金毘羅 宮嶋往来」「すぐ姫路 大坂 京 江戸 往還」。
飾西交差点から右の道を行き、飾西宿へ向うと、三叉路に道標があります。「右 書写山」「是より志よしゃ(書写)道」
案内板があります。真ん中やや上の三叉路が現在地。10:31:06
この先にも道標10:34:36
飾西宿に入ります。姫路から一里十八丁。 10:40:22
笠寺です。薬師如来像は伽羅の木で造られているそうです。10:42:04
ここが本陣の中山助太夫家であった建物だと思われますが、本陣門は風前の灯です。このまま修理しないで放置すれば崩れ落ちるのは時間の問題でしょう。10:47:47
暑くなってきたところにちょうどコンビニがあったのでちょいとエネルギー補給。(⇒街道歩きこぼれ話<森永チョコモナカジャンボ礼賛>)11:04:55
長池です。 11:09:41
北向地蔵堂です。 11:11:06
正面の山陽自動車道をくぐります。11:31:05
姫路西IC東交差点のところに車石歯痛地蔵があります。ここに因幡街道の一里塚があったそうです。 11:31:55
なるほど歯が痛そうです。 11:32:33
国道179号を少し進み、右の旧道に入り坂を下っていきます。11:42:53
-旧出雲街道を歩く 一日目(姫路~觜崎)2018/05/17 2/2に続く-