あなたがもしも幼児であるというのであれば「愛されたい」という欲求や願望は正常である。
だがもしもあなたが幼児ではないとするならば、その欲求や願望は異常だと言えよう。
なぜならば、人は「愛される」為に生まれてきた訳でも、「愛される」為に生きている訳でもないからだ。
人は「愛する」為に生まれてきたのである。
この「愛する」とは「愛しく思う」だとか「優しくする」、「思いやる」という意味ではない。
多くの人々がここを勘違いしている。
愛しさや優しさ、思いやりなどは「愛」ではなく「愛情」である。
「愛」に人情の「情」が付く。
それはあなたが少し心に余裕がある時にだけ現れる人情の事である。
従って大したものではない。
だってあなたが心の余裕を失った途端に愛情など消え失せるのだから。
「愛」とは「全てを受け容れる力」の事である。
善も悪も、上も下も、優も劣も無く。
ただありのままに受け容れるエネルギーの事だ。
あなたは果たしてこれまでの人生において「愛」として生きている人に何人出会っただろうか?
極めて興味深い。
人を「愛する」為には、まず自分を「愛する」訓練が必須となる。
ここを省いて誰かを「愛する」事など不可能だ。
ある一定の期間、レベルにおいて訓練が欠かせない。
いきなり自分の全てを受け容れられるようになる訳が無い。
大抵の人々は諦めるだろう。
難しい、無理だ、無意味だ…
などと。
まあ、それはそれで自由意志だ。
好きに生きれば良いだけである。
ただし自分や他人や人生に対して一切の不満を抱かないと決められるのであればの話だが。
さて、あなたはどんな存在として生きていくのだろうか?
では、また。
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