『Life(肉体/生命)』と『Live(人生/経験)』と『Love(愛)』について。 | 法則の書き換え師・TOSHI

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こんにちは。

TOSHIです。

 

今朝、いつものように車でオフィスに向かっておりましたところ、ふと看板が目に留まったのですね。

 

その看板には、

 

Life

Live

Love

 

と縦に書かれていました。

 

「あ~、そういう事ね」と感じましたので、それらについて書いてみたいと思います。

いつものように共に観てみましょう。

 

 

まず最初にそれぞれの言葉の意味を調べてみました。

 

「Life」と「Live」は似ている意味もあったのですが、この場では

 

Life・・・肉体の生命

Live・・・生きる(生の持続)、経験、実践

 

という意味で使いたいと思います。

 

そしてもう一つの「Love」についても語源も含めて意味を調べてみました。

 

Love・・・(神の)愛・慈悲・慈愛

※愛の語源・・・自分自身と相手を喜ばせる、満足させる、信頼する

※慈愛の語源・・・相手を尊重する、相手を観察する(判断しない)、相手を許容する、相手を受容する

 

(お腹いっぱい)

 

まあ、さすがは「Love」ですね。

 

 

何となく言葉の意味が分かったところで、まずは「Life」から共に観ていきたいと思います。

 

この地球上には実に様々な「生命」が存在している訳ですが、それら全ての「生命」について観ていきますと膨大な量になってしまいますので、この場では「人類」だけに特化しますね。

 

 

 

僕たち人類は、この地球上で肉体を持ちました。

これが「生誕」と呼ばれているもので、この地球上での「始まり」であります。

 

そして、この「肉体としての生命」には必ず「死」というものがありますので、「終わり」があります。

 

従って、この「Life(肉体としての生命)」には「始まり」と「終わり」があるという事ですね。

 

ここまでは誰でも知っている事です。

 

 

 

さて、この「肉体」というものは「目に見える物質」でもあります。

「肉体」に「死(終わり)」があるように、この世で「目に見える物質」には必ず「終わり」があります

 

それは例えば、車であったり家であったり電化製品であったり。

 

つまり、「目に見えるもの」は「有限」であるという事ですね。

 

ここまでよろしいですね?

 

 

 

僕たちがこの地球上に「肉体」を持った(与えられた)瞬間から、僕たちは「有限の世界」に入り込んだ事になります。

 

「必ず終わりがある世界」という意味です。

 

僕たちはこの肉体(という生命)を持ちながら、「終わり」に向かって進んでいる訳ですね。

 

この事は全人類が知っているはずなのに、何故、「終わり(死)」を怖れる人が多いのでしょうか?

 

あなたは「終わり(死)」が怖いですか?

どうでしょうか?

 

 

恐らく一つ言える事は、「終わり(死)」に対するイメージが良くないのではないでしょうか?

 

「終わり(死)」は「悲しみ」をイメージさせるものであり、反対に「始まり(生誕)」は「喜び」をイメージさせるものなのではないでしょうか?

 

赤ちゃんが生まれたら、ほとんどの人たちが喜びます。

誰かが死んだら、ほとんどの人が悲しみます。

 

これらの反応を観てみますと、

 

「始まり(生誕)」=「喜び」

「終わり(死)」=「悲しみ」

 

となっている事が分ります。

 

そしてここから観えてくる事が、人は「目に見えるもの」を得た時に「喜び」を感じ、「目に見えるもの」を失った時に「悲しみ」を感じるのだという事です。

 

それが肉体(としての生命)であれ、車であれ、家であれ、電化製品であれ、何であれ・・・

 

これが「有限の世界」の特質の一つなのかもしれません。

 

「有限の世界」においては、「目に見えるもの」を

 

「得る事」=「喜び」

「失う事」=「悲しみ」

 

だという意味です。

 

 

 

そしてここに多くの人々の「執着」と「抵抗」の理由が現われているのですね。

 

「喜び」を味わいたいので「得る」事に「執着」する

「悲しみ」を味わいたくないので「失う」事に「抵抗」する

 

という事です。

 

この事を「Life(肉体としての生命)」に置き換えますと、

 

「喜び」を味わいたいので「生き続ける事」に「執着」する

「悲しみ」を味わいたくないので「死ぬ事」に「抵抗」する

 

となります。

 

もしもそうであるとするならば、

「死ぬ事が怖い」という意味は「悲しみを味わいたくない(あるいは、味わわせたくない)」という事になります。

 

更に付け加えるならば、

「(自他共に)喜びを味わえなくなる事が嫌だ」という意味にもなるでしょう。

 

いずれにしましても「抵抗」が現われています。

 

 

さて、ここまで観る限りにおきましては、僕たちは「肉体としての生命」を持った瞬間から「有限の世界(終わりがある世界)」に足を踏み入れたにも関わらず、そしてその事は誰もが知っている事であるにも関わらず、「肉体としての生命」というものに対して「抵抗」している人が多いという感じがします。

 

そしてその「抵抗」が「死(肉体としての生命の終わり)」に対する「怖れ」を生み出している要因になっているというものです。

 

どう思いますか?

 

僕たちはこの「終わりある肉体(生命)」に対して「抵抗」する為に地球上に生まれてきたのでしょうか?

 

僕たちはこの「終わりある肉体(生命)」に対して「怖れ」を味わう為に地球上に生まれてきたのでしょうか?

 

それらが「Life」というものの本質なのでしょうか?

 

どう思いますか?

 

長くなりましたので、この辺で。

お読み下さり、ありがとうございました。

 

 

 

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