『心』
それは本来、汚れる事など無い。
「私の心はいつの間にか汚れてしまった」と人は言うが、そんな事は無い。
『心』が汚れる事など無い。
ただほんの少し「思考(エゴ)」に侵されてしまっただけだ。
「恐怖」を愛してしまっただけだ。
「恐怖」の存在を認めてしまっただけだ。
ただそれだけだ。
あなたにも私にも『魂』が在る。
と言うよりも、あなたも私も『魂』だ。
それは『愛』であり、唯一の実在だ。
その他のものは全て変幻自在の「空想」であり、従って実在ではない。
何の為に生まれてきたのか?
何の為に生きているのか?
闇(思考)の中で模索した長い日々。
闇は所詮は闇でしかなく、そしてそれは実在しない。
ゆえに、闇の中で生きる意味を探しても無駄なのだ。
一生分かるはずが無い。
自分が『光』だったと思い出すまでは。
なぜ、誰かが傷んでいる時、誰かが悲しんでいる時、自分も心が痛むのだろう?
どうして他人事だと整理できないのだろう?
どうして赤の他人の無事や回復を願うのだろう?
あなたはどう思う?
あなたが『愛』だからでは?
何を「得る」かではなく、何を「与えられる」か。
祈りや願いでもいい。
それを『心』と呼ぶんじゃないのかな?
それは「思考」とは違うでしょう?
だから『心』が汚れる事など無いんだよ。
『心』はいつだって澄んでいる。
ただ、あなたも私も思考(恐怖)に忙しすぎて、「私の心は汚れてしまった」と思い込んでいるだけなのさ。
そんな『心』など実在しないのね。
あなたの『心』も私の『心』も、いつだって平和を求めているし、平和を願っている。
そうでしょ?



