ふと、自分の子供の頃を思い出す瞬間、まず脳裏に浮かぶ事は、
病弱だったので親に心配や迷惑をかけてきた事(罪悪感)だ。
特に母親には色々と世話になったな…
子供の頃の心の傷の事を専門用語で「トラウマ」と名付けている。
聞いた事はあるかな?
なんだかあんまり波動が高く感じられない言葉だな(笑)
たぶん僕が感じるには、子供の頃に何らかの心の傷を負った事の無い人なんて居ないんじゃないかと…
あとは程度の差であって、でもね、心の傷は浅くても深くても確実に人生に影響を与えてる。
それだけは言える。
僕は延べ26年間カウンセラーをやってきて、本当に色々な「背景」を見させてもらってきて、そして、僕自身の「背景」も内観し続けてきて…
たぶん、誰もが心の傷を持っていて、そして、たぶん、多くの人たちがその傷を癒せないまま生きているんじゃないかと…
そんな気がします。
心の傷は僕たちに【悲しみ】をもたらし、そしてそれが記憶される。
そのうち、その悲しみが【恐怖】に変わり、そこから様々なネガティブ感情(低い波動のエネルギー)が生まれていく。
多くの場合、自分が【悲しみ】を抱き続けながら生きているとは思ってない。
大抵は、【恐怖】か【怒り】か【罪悪感】のいずれかを認識している。
でも、それらの感情の土台にあるものは【悲しみ】なんだ。
僕は傷ついた。
私は傷ついた。
とても悲しかったけど、どうしていいか分からなかったから、とりあえず我慢していた。
その我慢したものが、その抑圧した感情エネルギーが、大人になってから今、溢れ出してくるんだよ。
それが恐怖なり、怒りなり、罪悪感なりという形でね。
僕は傷ついたんだよ、あの頃…
だからもう傷つくのはごめんなんだ。
何とかしなくちゃ…
そうやって生きてきたんだよ。
悲しみから逃れる為に生きてきたんだよ。
でも、逃げ切れなかった…
逃げ切れる訳がないのさ…
悲しみと僕が同一化していたんだから。
僕が悲しみだったのだから…
僕から逃げ切れる訳が無かったんだ…
もう誰もが覚えていない2歳以下の頃の時。
そこに恐怖なんか無かった。
昨日の事や明日の事など怖くなかったし、恐怖という名の概念すら無かった。
自分の世界の中に「恐怖という思考」が無かったんだ。
だからこそ無邪気でいられたし、好きなように泣けたし、好きなように笑えたんだろう。
眠たくて泣くなんて、大人になってから出来るかい?(笑)
僕はもう一度、その「世界」に戻ろうと思ってるんだ。
世界とは「意識」さ。
そして、意識とは「本当の自分」さ。
どんな子供時代を過ごしたとしても、どんな心の傷を負ったとしても、そこにしがみつかないんだ。
あの親のせいで、あの辛い経験のせいで、なんて言わないし、思わないし、考えないんだ。
それは抑圧とは違うんだ。
押さえつけているんじゃないんだ。
僕の「自己責任」なのさ。
魂が求めていたものなんだし、予定通りみたいな体験だったのさ。
だから僕はもう抵抗しないし、過去に執着もしない。
それで良かったんだ。
まあ、良くも悪くも無いんだけど(笑)
八つ当たりしない方がいいよ。
更に「罪悪感」が蓄積されるだけだし。
(そのうち重たい病気にもなりかねないしね)
僕はもうそんな「生き方」はやめたのさ。
誰かに僕の過去の怒りや恐怖などをぶちまけない。
それをやったところで何の意味がある?
何も無い。
それどころか、僕は「大切な何か」を失うばかりなんだよ。
だからもうやめたんだ。
僕はもう子供の頃の心の傷の影響を受けない。
そう決めたんだ。
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