魂たちへの伝言 -2ページ目

魂たちへの伝言

宇宙人。自由人。
ただ「在る」。

感じるままに書いています。

私はこれまで何度も悩みを抱えた事があり、その度に解決策を考え、それにまつわる行動を取り、時には解決し、時には解決しなかったという経験をしてきた。



今振り返れば、単なる馬鹿者だ。



なんてくだらない事を繰り返していたのだろう。



そう思う。





私の身に何かが起きる。



すると私はすぐさま反応する。



何故なら「怖い」からだ。



私にとって重要な事は「起きた出来事」なんかじゃない。



「怖い」事なのだ。



だからこそ、必死になる。



ダメなら逃げるしかない。



この繰り返しだった…




自分が「怖れ」を抱きながら生き続けてきたという事実に気づいていなかった。



これこそが問題であり、そこから「悩み」も生まれていたのだ。



そうして私は、ようやくあらゆる「悩み」から解放された。



私にとって不都合な事は今でも起きるものの、それらが「悩み」とはならないのである。



それらは「単なる出来事」として勝手に処理される。



私に合わないエネルギーは流れ去っていくのである。

私は26の時にカウンセラーとしてデビューし、その後、様々な事業を営んできたものの、カウンセラーだけは辞めなかった。



臨床現場では心理学だけでは足りず、脳科学、量子力学、エネルギー医療、哲学、神話、宗教学など、とにかく役に立つかもしれないものは手を抜かずに学んで実践し続けてきた。



カウンセラーやライフコーチングが私の「使命」だと強く考えていたので。



しかし、数年前にカウンセラーやライフコーチングを辞めた。



20年以上続けてきた事を割とあっさり辞めた。



たぶん「使命」なんかではなかったんだと思う。



だからこそ、あっさり辞めれた。




昨年の夏から体調不良となり、事業が思うように出来なくなった。



日常生活さえ。



毎日ベッドに横たわりながら読書だけは続けていた。



ようやく回復期に入ってきたが、それでもまだ発作が起きる事もある。



私はそんな暮らしの中で使命を【観た】。




部屋の片隅に座り、家族の様子を眺める事。



今日は調子が良さそうだとか、今日は今ひとつだとか、そんな日々の家族の様子を眺める事。



それが私の【使命】だったのだ。



大した事ではないかもしれないが、私にとっては大した事である。



日々の「変化」を観察しながら、それに対して幸せを感じ、生きているとはどういう事かを感じられるからだ。



諸行無常。



変わらないものは無い。



唯一変わらないものは愛、魂。



ただそれだけ。



併せてお読み頂きたい記事


「真の豊かさ」とは定義が無いものの事を指す。



経済的豊かさ、精神的豊かさなど、「◯◯的」などという制限、制約が無いものが真の豊かさである。



そうでなければならない。



つまり、「豊かさ」とは「無制限」の事を意味するのである。



そこに限定など無い。



経済的豊かさなどとは言わないのだ。



それは経済という限定を受けている。



それを真の豊かさとは呼ばないのだ。




戦後、この国は豊かになったと言われてきたが、果たして何をもってそう言うのか?



物質的豊かさか?

経済的豊かさか?



どれも制限がある。



制限で言うならば、むしろ、この国は貧しくなっているのではないだろうか?



あれはダメ、これもダメと。


ああでなければいけない、こうでなければならないと。




真の豊かさとは無制限、つまり、「自由」の事を指し示す。



何かの条件や制限、制約に心が縛られているうちは、決して人は豊かにはなれないのである。



そして、自由にも…



無論、ワガママ自分勝手に人を傷つけても構わないなどと言っている訳では無い事くらい承知だろう。


いつか君が離れていった。



その君を追うように、

その君を求めるように、

そして、その君を無視するかのように

生きた。



君が離れた事、君から離れた事が怖かったから…




その後の僕と言えば、

どうでもいい願望を抱き、

どうでもいい願望を叶え続けた。

でも君は戻らなかった。




泣く事は許されないと誓い、

逃げる事は弱虫だと信じ、

ただひたすらに「強者」を偽った。



見えないところで、

無視したところで、

「自分」が泣いていた。



「自分」が独り、泣いていた。




ある時、ほんのある時、

そんな「自分」を見た。

凄まじいほどの衝撃のもとに。



涙は枯れ果て、姿は枯れ果て、

あともう少しで消え入りそうな気配の、

そんな「自分」を見てしまった。



とんでもない罪悪感が押し寄せ、

どうしていいか分からなくなった。



謝るにも遅すぎる。

もうどうする事も出来ない…



途方に暮れていると、

「自分」が笑った。

ほんの少しだけ。



それは救いと呼べるほどの打撃であり、

僕は泣いた。

そして泣き笑った。



ふと気づくと、横に君が居た。

いつか離れてしまった君が。



それが永遠に思えたんだ。

自然とね。


ふと、自分の子供の頃を思い出す瞬間、まず脳裏に浮かぶ事は、



病弱だったので親に心配や迷惑をかけてきた事(罪悪感)だ。



特に母親には色々と世話になったな…




子供の頃の心の傷の事を専門用語で「トラウマ」と名付けている。



聞いた事はあるかな?



なんだかあんまり波動が高く感じられない言葉だな(笑)



たぶん僕が感じるには、子供の頃に何らかの心の傷を負った事の無い人なんて居ないんじゃないかと…



あとは程度の差であって、でもね、心の傷は浅くても深くても確実に人生に影響を与えてる。



それだけは言える。



僕は延べ26年間カウンセラーをやってきて、本当に色々な「背景」を見させてもらってきて、そして、僕自身の「背景」も内観し続けてきて…



たぶん、誰もが心の傷を持っていて、そして、たぶん、多くの人たちがその傷を癒せないまま生きているんじゃないかと…



そんな気がします。




心の傷は僕たちに【悲しみ】をもたらし、そしてそれが記憶される。



そのうち、その悲しみが【恐怖】に変わり、そこから様々なネガティブ感情(低い波動のエネルギー)が生まれていく。



多くの場合、自分が【悲しみ】を抱き続けながら生きているとは思ってない。



大抵は、【恐怖】か【怒り】か【罪悪感】のいずれかを認識している。



でも、それらの感情の土台にあるものは【悲しみ】なんだ。




僕は傷ついた。


私は傷ついた。


とても悲しかったけど、どうしていいか分からなかったから、とりあえず我慢していた。



その我慢したものが、その抑圧した感情エネルギーが、大人になってから今、溢れ出してくるんだよ。



それが恐怖なり、怒りなり、罪悪感なりという形でね。



僕は傷ついたんだよ、あの頃…



だからもう傷つくのはごめんなんだ。



何とかしなくちゃ…



そうやって生きてきたんだよ。



悲しみから逃れる為に生きてきたんだよ。



でも、逃げ切れなかった…


逃げ切れる訳がないのさ…


悲しみと僕が同一化していたんだから。


僕が悲しみだったのだから…


僕から逃げ切れる訳が無かったんだ…





もう誰もが覚えていない2歳以下の頃の時。



そこに恐怖なんか無かった。



昨日の事や明日の事など怖くなかったし、恐怖という名の概念すら無かった。



自分の世界の中に「恐怖という思考」が無かったんだ。



だからこそ無邪気でいられたし、好きなように泣けたし、好きなように笑えたんだろう。



眠たくて泣くなんて、大人になってから出来るかい?(笑)



僕はもう一度、その「世界」に戻ろうと思ってるんだ。



世界とは「意識」さ。



そして、意識とは「本当の自分」さ。



どんな子供時代を過ごしたとしても、どんな心の傷を負ったとしても、そこにしがみつかないんだ。



あの親のせいで、あの辛い経験のせいで、なんて言わないし、思わないし、考えないんだ。



それは抑圧とは違うんだ。


押さえつけているんじゃないんだ。



僕の「自己責任」なのさ。



魂が求めていたものなんだし、予定通りみたいな体験だったのさ。



だから僕はもう抵抗しないし、過去に執着もしない。



それで良かったんだ。



まあ、良くも悪くも無いんだけど(笑)





八つ当たりしない方がいいよ。



更に「罪悪感」が蓄積されるだけだし。

(そのうち重たい病気にもなりかねないしね)



僕はもうそんな「生き方」はやめたのさ。



誰かに僕の過去の怒りや恐怖などをぶちまけない。



それをやったところで何の意味がある?



何も無い。



それどころか、僕は「大切な何か」を失うばかりなんだよ。



だからもうやめたんだ。



僕はもう子供の頃の心の傷の影響を受けない。



そう決めたんだ。




併せてお読み頂きたい記事