叡智の共有【TOSHI】 -2ページ目

叡智の共有【TOSHI】

意識(本当の自分)の探究や、それにまつわる様々な実体験から得られたもの、インスピレーションから得られたものなどを共有できるといいです。

人は得てして「狭い領域」の中で暮らしてしまう。



自分が知っている範囲内、自分が経験した範囲内、そして、自分が「安全だ」と認識している範囲内で。



それゆえ、新しい人生、新しい経験はやって来ない。



繰り返される似たような体験。



同じような過ちや罪悪感、後悔。



自分と接した人たちに対する怒りや嫉妬心。



何度同じ事を味わえば済むのだろう?



気づかなければ死ぬまで続く。



哀れな人生だな…







これまでの自分、これまでの思考、これまでの常識、これまでの価値観、これまでの信念を蹴り飛ばす勇気はあるか?



全てを無にする勇気はあるか?



そして新しい自分、新しい人生を歩み出す勇気はあるか?



もしもそれがあるのならば、そして、その為に気づきを得る助けみたいなものが必要ならば、おいで。



そうでなければ来ないで。



本当にあなたが必要とするならば、その覚悟があるならば、僕はきっとあなたの役に立てる。



でもそうでなければ来ないで。




【自分自神】




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「なぜ私は変われないのか?」



こう思う人は多い。



また、こういう人は本を読んだりセミナーを受けたりなど何らかの努力(行動)をしている事も多い。



それなのに「変われない」。



それはなぜなのだろうか?





最も大きな要因は


「思考で変わろうとしているから」


である。



僕が出会ってきた人の範囲内で言うなら、これが一番多いケースだ。



そもそも「変わりたい」という欲求や願望を生み出したのは「思考」である。



思考が生み出した欲求や願望を、思考の力で実現させる事が果たして出来るだろうか?



それは無理な話である。



なぜなら、思考は「怖れ」であるからだ。



多くの場合、欲求や願望は「怖れ」によって生み出されている。



つまり、「怖れを無くして安心したい」のだ。



しかしながら、思考が怖れである以上、思考の力で怖れから解放される事など無い。



思考を超越しない限り、怖れからの解放、真の安心の実現は不可能なのである。





よく巷では「潜在意識の書き換え」とか「潜在意識の上書き保存」なるものが謳われているが、それは不可能だと感じる。(別に批判している訳ではない)



なぜなら、その潜在意識も「思考」であり、「過去の記憶の蓄積」であるからだ。



記憶を書き換える?


記憶を上書き保存する?


どうやって?


頭でも打ちつけて記憶喪失にでもなるのだろうか?




その記憶が持つエネルギーが低ければ低いほど(辛い記憶ほど)、その記憶に執着する事になる。



つまり怖れが増す。



だからなおさら「早く安心したくなる」のだ。



こうして思考(怖れ・記憶)が循環する。



何を得ようが、何を実現させようが、真の安心など感じられる事は無いのである。

(無駄な努力だ)




いろいろと努力したり行動を起こしてきた人に限って「私はダメな人間だ」と考えがちである。



努力したにも関わらず「変われなかった」のだから。



そうやって自己否定や自己卑下の道へ入って行ってしまう。



しかし、その人が「ダメな人間」だったのではない。



繰り返すが、


「思考で変わろうとしていた事」


が最大の要因だったのだ。



自分自身や人生を変えるにあたって思考には何の力も無い。



と言うよりも、思考は実存していない。



それはただの「幻想」なのだ。



これらの事が深く理解され、腑に落ちてくると、もう「変わろう」、「変わりたい」という欲求や願望は薄れていく。



これは「このままでいい」という投げやりや諦めの境地とは違う。



むしろ積極的に「いまの自分」や「いまの人生」を受け容れる力(意識)の発動なのである。



ゆえに無理して努力や行動はしない。



立ち止まる。



そして内観する。



何かに気付いたならば、それに従ってようやく行動に移す。



むやみやたらに動く事はしない。



気づくまで待つ。



ひたすら内観を続ける。



たとえ何も気づけなくても構わない。



ただひたすら内観を続ける。



やがて思考が邪魔をしなくなった時、「それ」は向こうからやって来る。



あとは「それ」に従って生きれば、自ずと勝手に変化が起きている。



そういうものである。







★3次元意識(思考)で生きる事をやめ、高次意識(本当の自分・魂)で生きていくと決めた人にのみ、この世の真理などをマンツーマンにてお伝えします。明らかに在り方や生き方が変わるでしょう。

※1月度開講は最大3名様までとさせて頂きます。

【自分自神】概要




























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【追記】

12月20日〜25日の期間内は特に大地震に要注意だと感じます。

過度に恐れる必要はありませんが、家具の固定と防寒対策は大事かと。

これまでのブログでも書いてきたように、僕は今年の7月から突然喉がおかしくなり、話す事も外出する事も出来なくなった。



とにかく身体が怠く、一日中寝ている日も多々あった。



当然ながら仕事もほとんどしていない。




この5ヶ月間、ただひたすら内観を続けていた。



自分の内側に入り込み、無になって思考や感情を観てきた。



時には過去世の記憶や場面なども現れた。(直感的に過去世だと感じたのだ)



過去世記憶が現れた時には泣いた。



そのどれもがとても辛い場面だったので。



そして今世との繋がりを理解できた。



「だからあの体験をしたのか」


「だからこんな人生だったのか」


と。




僕は25歳の時からいろんな会社や事業を立ち上げたり経営したりしながら生きてきた。



同時に、26歳の時からカウンセラーを始め、その後もライフコーチを加えながら活動してきた。



更には、4年半前から突如インスピレーションが降りてくるようになり、それを基に意識変容の為のプログラム製作をし、講座を通じて真理などを伝えてきた。



そんな僕がこの5ヶ月間、喉が詰まり、嘔気で苦しみ、身体も動かず、自宅で寝たきりという暮らしになった。



ただ内観だけを頼りに生きてきた。



そして気づいた固定観念や信念、価値観などは次々と手放していった。



それでも喉は一向に回復しなかった。




そのうち喉の回復に対する執着さえも手放した。



もうどうでもいいと思った。



治らんでもいいと思った。



とは言え、嘔気の発作は苦しかった。



いつ始まるかも分からないし。



いつ終わるのかも分からないので。





日常生活も仕事も思考も全てがリセットされた。



まさに強制終了のように。



完全にこれまでの僕が居なくなったのだ。



いや、感覚的に言えば、僕自体が無くなった。



すると、執着や抵抗も自動的に消えた。



僕は長きに渡り意識トレーニングを続けてきた事もあって、執着や抵抗はかなり少ないと思う。



ただ、この5ヶ月間によって、執着や抵抗の残骸までもが無くなった感覚がある。



何もしていない日々なのに不安や恐怖、焦りが起きない。



生きていられるだけで満足できる。



水が愛しく感じられる。



無理して生きようとも思わない。



長年抱えてきた罪悪感や怒りなども消えた。



「生きるという事」や「人生」というものの真意みたいなものを感じ取れたような気がする。




もう僕には肩書きが無い。



社会的身分や役割も無い。



人から見れば依然としてあるのだろうが、僕の内面においてはもう無いのだ。



これらの感覚を言葉にするのは難しい。



感覚を言葉にすれば変化してしまう。



感じた人にしか理解できない領域なのだろう。





「空(くう)」を生きる事は本当に穏やかであり、静けさそのものである。



思考が働かないのだから当然だ。




雪が積もった日、僕は「ただ」雪かきをする。



何一つ考える事もなく、「ただ」雪かきに没頭する。



気づけば全て終わっている。



しかも綺麗な仕上がりで。

(以前は雑だった)



そんな僕が久しぶりに年末調整業務なんかをしたものだから思考の世界に引き戻されて喉がおかしくなったのかとも思う。


前回のブログはこちら




そんなかんだで、今の僕だからこそ伝えられるものがある。



数ヶ月前の僕では不可能だった事。



もうプログラムテキスト【自分自神】はとっくに出来ていたのだが、伝える側(僕)の意識エネルギーが見合っていなかったのだろう。



だからまだ誰にも伝える機会が得られていなかった。



ボチボチ始めていくとするかな。







この【自分自神】は内容的に口伝となる。



これまでの講座のようにプログラムテキストデータはお渡ししない。



それも全てインスピレーションに基づいて決めた事だ。(僕の思考で決めた事ではない)



そして何より、意識変容の準備が整った人しか受けられない講座内容である。



準備が整っていない人が受けてもちんぷんかんぷんだろうし、腑に落ちる事は無いと思う。(つまり変容が起きない)



逆に準備が整った人が受けた場合には、今世におけるこれまでの体験の意味や、不安や恐怖などの真の原因や意味、今世の目的(カルマの解消も含め)、今後どのような在り方で生きていけばいいのか(気づき)などが深く腑に落ちるだろう。



講座の話までする予定ではなかったけど、「何か」が僕に書かせているのだろう。




「空(くう)」を生きてみて感じた事。



それは、何も無いからこそ純粋に幸せを感じられ、何も無いからこそ真の精神的自由を感じられ、何も無いからこそ心から感謝できる。



そんな感じ(笑)



では、また。



長くなりました。







【自分自神】概要はこちら






















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前回のブログでは僕が身体の「声」を聴き、それに沿った結果、喉の不調が改善してきたという内容を書いた。



前回のブログはこちら




喉の調子が回復してきた事で普通に外出も出来るようになってきたし、話も出来るようになってきた。



だがしかし、僕は少し甘く見ていたみたいだ。



今日、久々に喉の調子がかなり悪くなったのである。



それは、ひみつきち(僕のオフィスの名称)へ行って年末調整業務を始めて間もない時であった。



喉が詰まってきたのだ。




すぐに業務を中断したのだが時すでに遅し。



喉は回復しなかった。




僕は経理業務が大嫌いなのだ。



だが得意な為、これまで27年間、会社の決算など全て自分で行ってきた。

(税理士さんに委託した事は一度もない)



しかし、大嫌いな業務なのだ。



ゆえに喉が詰まったのだろう。




身体の「声」だけでなく、心の「声」にも沿わねばならない。



身体の各細胞の意識だけでなく、第4エネルギーセンター(ハート)も。



そこのエネルギーがうまく循環すれば自ずと宇宙エネルギーの入出力もうまくいく。



まさに心身ともに健康な状態を実現できるのだ。




大嫌いというか、「もういいか」と思ってきた事には経営業務もある。



27年いろいろとやってきたけど、そろそろ経営という体験も不要かと。



僕はもっと自由になる。



あらゆる足枷を手放して。







★年明けから講義を行えそうです。

(同時期に3名様まで)

★意識変容する覚悟が出来た人にのみマンツーマンで講義を行わせて頂きます。

概要はこちら



【自由論】


12月8日のブログで、身体の「声」を聴いた話を書いた。



そのブログはこちら




その日から早速、身体と調和していないというものを摂取しなくなった。



すると喉の不調から生じる嘔気が出なくなったのだ。



喉の違和感は残っているものの、普通に話が出来るし、雪かきだって出来るようになった(今年は大雪)。



さすがにこれには驚いた。



あれは本当に身体の「声」だったのだ。



思考で作り出せるような「答え」ではなかった。




今年の7月初旬から始まった喉の違和感、嘔気。



段々と酷くなり仕事も出来なくなった。



更には身体が怠くて、ほぼ寝たきり状態だった。



ところが8日以降は寝たきりになる事もなく、普通に暮らせている。



普通に買い物にも行ける。



なんて素晴らしいんだ!



最幸だ!





身体の「声」を聴いたあの晩、身体の中で「カチッ」と音がしたんだ。



まるでスイッチが切り替わったかのような感覚だった。



身体の言う通りにしたら日に日に喉が回復していった。



エネルギー(氣)も徐々に循環し始めた。




身体の「声」は聴けるのだ。







★年明けからこの講義に注力します。

講義の概要はこちら




追伸


12月8日から1週間の大地震注意報は解除されましたが、何となく12月25日あたりまでは怪しい雰囲気を感じています…

(特に道東方面〈釧路沖など〉)


とにかく無事に過ごせる事を願います。