退院してからの日々は、
「回復」という言葉から想像されるものとは、ほど遠いものでした。
子どものことで不安が爆発し、
連絡が取れないだけで感情が制御できなくなる夜がありました。
怒りと恐怖と悲しさが入り混じり、
自分でも止められない行動を取ってしまったこともあります。
夜の街を、
ただ必死で探し回ったこともありました。
仕事に戻ってからも、心は安定しませんでした。
外から見れば「普通」に生活しているように見える私に、
人は相談を持ちかけ
期待し
時には理不尽な感情をぶつけてきました。
誰かの役に立てた時は嬉しかった。
でもその分、
夜や休日になると
頭の中で考えが止まらなくなり
不安が何倍にも膨らんでいきました。
昼間は「もう大丈夫」と思えても、
夜になると、
「やっぱりダメなんだ」
「この病気は治らないんだ」
「一生こんな苦しさを抱えて生きるのはつらすぎる」
そう何度も、心が折れそうになりました。
本当に追い詰められていた時期、
「もう限界だ」と思う瞬間も、正直ありました。
それでも私は、
誰かにつながること、
ただその時間をやり過ごすことを
必死で選び続けました。
「大丈夫、絶対大丈夫」
そう言葉を繰り返しながら、
嵐が過ぎるのを待つしかなかった夜もあります。
そんな中で、私を支えてくれたものがあります。
退院と同時に関わってくれた支援員の方。
24時間対応の相談窓口。
職場で受けられたカウンセリング。
「もうダメだ」と思った“その後”を、
一人で抱え込まなくていいと教えてもらいました。
自分の感情を言葉にすること。
感情が、どんな思考から生まれているのかを知ること。
少しずつ、
本当に少しずつですが、
心を立て直す力が身についていったように思います。
最初は、すべてがバラバラでした。
自分が何をしたいのかも、
どこに向かっているのかも分からず、
ただ不安の中でもがいていました。
それでも、半年、1年と時間が経つ中で、
努力を重ねてきた結果、
「表情が変わったね」
そう言われるようになりました。
過去の写真や、手帳に書き残した言葉を見返した時、
自分でも驚くほど、変化していることに気づいたのです。
人は、
いつからでも
どんな状況からでも
変わることができる。
そう、初めて心から思えた瞬間でした。
自分を肯定できるようになると、
失敗しても、できないことがあっても、
「もうダメだ」で終わらせずに、
「どうしてこんな行動を取ったんだろう」
「それだけ、つらかったんだよね」
そうやって、
自分を受け止められるようになっていきました。
失敗は、終わりではなく、
次に進むための材料になっていったのです。
今では、
子どもの頃の過酷な体験さえも、
私がここにたどり着くための、人生の課題だったのかもしれないと思えています。
親を無理に許したわけではありません。
ただ、
その人生があったからこそ、
私は私の子どもたちと出会えた。
そう思えるようになりました。
私の子どもたちは、
それぞれが、自分なりの強さと正義を持っています。
教えたわけでもないのに、
自然と人を助け、
人を大切にする姿を見せてくれます。
この子たちを、この世に送り出せたこと。
それが、
私が生まれてきた意味だったのかもしれない。
そう思えた時、
これまでの人生のすべてに、
静かな感謝の気持ちが湧いてきました。
今は、
健康で働いて、生活できていることに感謝しながら、
これからの人生を、きちんと歩いていこうと思えています。
資格の勉強を始め、
こうしてブログを書くことで、
かつての私のように苦しんでいる人に、
ほんの少しでも希望が届けばいい。
そんな思いで、
小さな行動を続けています。
こんな、みっともない回復の道のりでも、
その経験が、誰か一人の支えになるなら。
流した涙も、眠れなかった夜も、
無駄じゃなかったと、心から思えるのです。
この回復の途中で、私は初めて
「生き延びる」から「生きていく」へ、視線が変わり始めました。
