「寛解と言える状態です。」
医師からそう言われたとき
嬉しいはずなのに
胸の奥に小さな不安が広がりました。
回復したはずなのに
なぜか怖かったのです。
■ 寛解は、ゴールではなかった
私はずっと
「寛解=普通の人と同じように生活できること」
だと思っていました。
でも実際は違いました。
落ち込まなくなるわけでも
不安が消えるわけでも
弱さがなくなるわけでもない。
ただ
「戻ってこられる力がついた」
それだけの状態でした。
■ 支えが減る不安、期待される怖さ
寛解と言われた瞬間から
周囲の空気が少し変わりました。
「もう心配しなくていいね」
「これからは普通にできるね」
誰から言われた訳ではない
けど、自分の中でこういった言葉が
元夫だったり職場の上司に会うと聞こえてくる。
私はどこかで
「もう甘えられない」
という怖さを感じていました。
入院中や治療中は
たくさんの人が守ってくれていました。
でも寛解と同時に
守られる側から
また自立を求められる側へ戻る。
それが
少しだけ怖かったのです。
■ 「もう守ってもらえない」という孤独
通院の頻度が減り
支援機関の関わりが減り
相談の頻度が減り‥
「もう大丈夫な人」
という扱いに変わっていく。
その変化はありがたいはずなのに
私はどこかで
ひとり取り残されるような感覚を覚えました。
「また崩れたらどうしよう」
「誰に頼ればいいんだろう」
早く退院して
早く仕事へ復帰したい
そう望んでいたのに
回復した後にも
新しい孤独が生まれることを
私は初めて知りました。
■ それでも踏み出した、回復後の日常
それでも、日常は続きます。
仕事に行き
人と話し
一人の夜を過ごす。
不安が出る日もあれば
驚くほど穏やかな日もある。
私は
「もう大丈夫かどうか」ではなく
「今日はどんな自分か」
を見るようにしました。
どんな時に
何を感じ
その感情は
どんな思考から生まれているのか。
■ 回復後の不安も、当事者の現実
回復したのに不安がある。
元気なのに、どこか怖い。
前に進んでいるのに、後退している気がする。
それは、とても自然なこと。
回復後の不安も
ちゃんと当事者の現実です。
弱いわけでも
進む道を間違えているわけでもありません。
ただ、新しい段階に立っているだけです。
今までの私にとって感情というものは
目の前の出来事に対して湧き上がる
自然現象だった。
けれど、
入院中のカウンセリングや
心理学などの学びから
感情とは
目の前の出来事を自分がどう捉えるか
によって変わるものだということを知りました。
感情は自分の思考から生まれるものだと。
つまり
自分の感情に
振り回されることが当たり前で
成すがままだった今までの人生から
自分で自分の人生を
コントロールしていく
という決意をして
その入口に立っている
そして
その道は一つではない
分かれ道で
迷っているだけ
そんな状況だったように思います。
■ 私が大切にしていること
寛解してから私は
「一人で頑張る」ことをやめました。
不安が出たら立ち止まる。
助けが必要なら頼る。
できない日は、できない自分を責めない。
回復とは
強くなることではなく
自分と仲良くなることなのかもしれません。
◼️今、同じ場所にいる人へ
もしあなたが
「回復したのに怖い」
「この先が不安で仕方ない」
そんな気持ちを抱えているなら
それは
あなたがちゃんと生きようとしている証拠です。
あなたは、ひとりではありません。
◼️次回へ
次は
回復後の私が
「心が揺れたときにしている具体的なセルフケア」や
自分との付き合い方について
もう少し具体的に書いてみようと思います。
回復はゴールではなく
新しい人生のスタート地点でした。
