寛解と言われても

 

人生が急に「穏やか」になったわけではありません。

 

相変わらず気分は揺れます。

 

人の一言に深く傷つく日もあります。

 

急に孤独を感じる夜も、正直あります。

 

でも

ひとつだけ、はっきりと変わったことがあります。

 

私は今

「壊れないように生きる」のではなく

「揺れながらも戻ってくる」生き方を選んでいるということです。

 

 

■完璧じゃない自分と暮らす

 

以前の私は

白か黒かでしか物事を見られませんでした。

 

うまくできれば「大丈夫」

失敗すれば「もうダメだ」

 

でも今は

うまくいかない日があっても

それを”人生の終わり”にしなくなりました。

 

失敗してもいい。

落ち込んでもいい。

調子が悪い日があってもいい。

 

それは「逆戻り」ではなく

”波”なのだと

分かるようになったからです。

 

■私が大切にしていること

 

今の私が意識しているのは

とても小さなことです。

 

・眠れていない日は無理をしない

・強い感情が出たときは、すぐに答えを出さない

・「本当は何が悲しいの?」と自分に聞いてみる

・ひとりで抱え込まず、誰かに言葉にしてみる

 

昔は

こんな当たり前のことができませんでした。

 

でも今は

できるかどうかよりも

「やろうとする自分」を否定しないようにしています。

 

■前兆と向き合う

 

調子が崩れる前には

必ず小さなサインがあります。

 

・人の言葉を極端に悪く受け取る

・過去の後悔を何度も思い出す

・「誰も分かってくれない」と感じ始める

 

以前は

それを”真実”だと思っていました。

 

今は違います。

 

「今、疲れてるな」

「不安が強くなってるな」

 

そう気付けるだけで

私は少しだけ

自分を守れるようになりました。

 

■生きづらさは消えていない

 

正直に言えば

生きづらさがゼロになったわけではありません。

 

繊細さも

激しさも

全て私の一部です。

 

でも、それを

”排除すべきもの”ではなく

”扱い方を覚えるもの”だと考えられるようになりました。

 

生きづらさがあっても

人生は進める。

 

不安があっても

未来はつくれる。

 

それを

私は自分の時間をかけて知りました。

 

■希望のかたち

 

例えば

通勤中の車窓から見える景色。

朝日にきらめく川の流れや

雪をまとった木の枝が

息をのむほどきれいだった朝。

 

誰かに「ありがとう」と言われたとき。

新しい学びに挑戦できている自分。

予定の無い時間を自分のために使えたとき。

 

ブログを書いて

「どうか、今苦しんでいる誰かに届きますように」

と願えたとき。

 

そうした小さな瞬間が積み重なって

「生きていて良かった」という感覚が

私の中に根を下ろしていきました。

 

■きっかけ

 

振り返れば

これまでの経験は決して楽なものではありませんでした。

 

けれど今は

ここにたどり着くために必要な

道のりだったのかもしれないと思えます。

 

もし

私の経験が誰かの気付きや救いのきっかけになるなら

それだけで、この人生には意味があると思えました。

 

■私が生きると決めた理由

 

私は

大きな使命を見つけたから

生きると決めたわけではありません。

 

日常の中の小さな光と

誰かに何かを渡せるかもしれないという願いが

いつの間にか

「生きていこう」

という確かな感覚に変わっていました。

 

それが

私が“生かされる人生”ではなく

“生きる人生”を選び直した理由です。

 

 

■次回は…

 

次回は

「それでも揺れる日常は続く」

というようなことを書こうと思います。

 

回復しても、人生は続きます。

 

でも、続くからこそ

私たちは何度でもやり直せる。

 

そう信じられる場所に

私は今

立っています。