愛が叶う、愛を叶えると書いて

叶愛(とあ)。




本日、見送りました。




眠り病になったみたいに、

午後からお昼寝します。


病院のフロアーで

器に入った水を差し出したら、

ゴクゴク飲んだのは叶愛ちゃんでした。

自分の泣き声で目が覚めます。

最期の2日間は

お水も飲めなかった叶愛ちゃん。

喉が潤ったね、お水も飲めるね。

そう思って声を出して泣きました。



いつもシッポふりふり、

お尻をフリフリしながら歩いていた、

可愛い叶愛ちゃん。



たくさんのお花や陽の光が溢れる中を

ご機嫌で歩いてますか?

腎臓病のせいでだるかった身体を脱ぎ捨て、

毎朝の点滴も無くなり、

最後の1週間はご飯も食べられず、

お腹も空いていたよね。

今は楽になれたのかな?

ゆんたんには会えたのかな?




叶愛ちゃんは、心臓は丈夫な子でした。

亡くなる前夜から、

短い時間、短い周期で定期的に起こる、

痙攣発作に何度も何度も耐えました。

口元を歪め、手足を張って硬直する身体に

手を添えて、

「大丈夫だよ。かーちゃんは大丈夫だから、

頑張らなくて良いんだよ」

口ではそう言葉をかけながらも、

涙ボロボロの神楽が、心配だったのかな?

白内障であまり見えない筈の目で、

神楽をずっとずっと見つめていました。

神楽の顔を忘れないように、

何度も何度も見つめてくれていたのだと

思います。



寝てる間に逝くのではないかと思うと、

夜もウトウトしては、ハッと目覚め、

電気も消さず、叶愛の小さなお手手を

握りしめていました。



仕事は休んでも良いと言われましたが、

神楽にとっては、叶愛と同じくらい大切な、

(神楽にとっては最大級の愛情表現です)

店主ですし、忙しい事は百も承知でしたし、

時間も2時間だけなので仕事には行きました。

店主も神楽の事を分かっているので、

繁盛時間が終了すると、

直ぐに帰してくれましたし、

やっちゃんが家に居たので、

後ろ髪を引かれながらも

頑張っていく事が出来ました。

仕事に行く時には、

これが最後かもしれないと悲しみます。

帰る時にまだ生きていてくれるだろうかと

心配します。

「かーちゃんを待ってなくていいんだよ。

叶愛が行きたい時に、

ゆんたんが迎えにきた時に、

迷わず逝きなさい」

そう言いながらも、

神楽の居ない時間に

叶愛が逝ってしまう筈がないと

どこかで信じていた事も事実です。



叶愛ちゃん、見事でした。

最後の日も、神楽が仕事から帰宅して

その約2時間半後の出発でしたから。



可能な限り、この腕に抱いて声をかけます。

床ずれが出来ないよう、神楽の命を

吹き込むようにマッサージをします。

痙攣のたびにヨダレや泡でベタベタする顔を

拭いてあげられました。

五分おきに何度も起こす発作に、

丈夫な彼女の心臓を

呪いそうな心情にもなります。



「先生、発作の時にとあちゃんは

苦しかったり辛かったり

痛かったりするのですか?」

そう聞いた神楽に院長先生は

「痙攣の時は

意識がないか朦朧としてるので、

そのような感じではないです」

と答えました。



この答えが、事実なのか、

それとも神楽に対する思いやりなのか、

今も分かりません。

でも、

院長先生のこの言葉が支えとなった事は

間違いないです。

それでも、僅かに「安楽死」という言葉が

よぎることもありました。



いつも自分自身ならどうしたいか。。。

だけを考えて医療を施す。。。と

偉そうに言っています。

時と場合によっては

そうせざる得ない状況もあると。。。。

それでも、今回、

神楽にはどうしたら良いか分からず、

光の無い、出口の無い暗闇を

ふらふらヨロヨロと彷徨いました。


腎臓病にも尿毒症にもなった事がないので、

どれほど辛いか、

それとも院長先生のおっしゃる通りなのか、

微塵も分からなかったからです。


そんな神楽の気持ちを察したのか。。。。

叶愛ちゃんは13日の16時23分、

最後の発作を起こした後に、

神楽が抱きしめながら、

お顔やお股を綺麗にしてる時に、

体の力が抜け、呼吸を止めたのです。

「あー。。。。やっちゃん。。。

叶愛ちゃんが死んじゃった。。。。」

同じ部屋に居たやっちゃんに

そう声をかけたように思います。



15歳と、あと2日で7ヶ月の命でした。

昨年の3月に一度、

旅立つのを引き止めてから、

実に一年5ヶ月も、

踏ん張り本当に「奇跡の子」でした。


15歳と言う年齢は

それなりの長生きなのかもしれません。

でも。。。人間の子なら、

ようやく将来を考え出す子も

たくさん居るような年齢です。

我が子我が子、私が生んだ子と思い、

愛を注いで育ててきましたが、

やはり人の子とは違うのだと

認めざる得ない瞬間でした。




叶愛ちゃん、

たくさんの人が貴女を応援してくれて、

祈ってくれましたよ。

たくさんの人が頑張ったねって

褒めてくれたよ。

ブログに追悼記事を

書いてくれた方もいらしたよ。

リブログしてくれた方も居ましたよ。

。。。叶愛ちゃんのシッポが扇風機の様に

グルグル回っているように思います。

最期の日まで、神楽が抱き上げると、

弱々しくではありましたが、

シッポをフリフリしてくれていました。

尻尾だけでも、切り取って

手元に残したい衝動が襲います。

もちろん、そんな事は出来ません。

痛いよ。。。

そう叶愛ちゃんが言うように思います。

もし、本当に生まれ変わる事があるのなら、

叶愛ちゃんもゆんたんも、

もう生まれ変わらなくていいよ。

そのまま、いつか神楽が訪れるのを

虹の橋のたもとで、待っていて。

そして、

神楽のこの世での使命が終わったら、

なるべく早く矢の様に迎えに来てね。



2004年1月15日生まれ。

(同志?ママンさんの誕生日も

一生忘れないです。)

池袋のハッピーだわん(チワワ専門店)で

見つけた子。

何度も値下げされた金額をガラスに貼られ、

「広告の子です」なんて紙まで貼られ、

肝心の中にいる子(とあちゃん)の姿なんて

見えない状態でしたね。

そんな事さえ、鮮やかに思い出されます。

2019年8月13日、

たくさん愛して、そして愛されたいという、

願いを充分過ぎるほど叶えて、

ついに出発しました。



神楽の大事な大事な叶愛ちゃん、

心の底から天に向かって叫びたい程、

愛してます。

神楽の宇宙にたった1つの宝物。

神楽の想いが、

虹の橋のたもとへと向かう貴女へ

とどきますように。