子供の頃、食べ物を粗末に扱うと、おじいちゃんによく言われたこと
「“戦争中”は食べるものがなかった
そんなことをしたら ばち があたる(`Δ´)
」
もうすぐ終戦記念日です
。
私が子供の頃は、戦争を体験した家族がいて、何かの折に“戦争”という言葉に
触れましたが、自分自身の言葉で自分の子供たちに、そんな時代があったことを
伝えたことはなかったなと思います
忘れてはいけないと教えられてきたのに、私が伝えないのは、戦争を体験してなく
て、伝えたい思いが足りないのかも

私が担当している利用者の方々は、考えてみれば全ての方が戦時中を体験されて
います。だけど、その体験については、こちらから尋ねないとみなさん語られません![]()
終戦記念日が近づいたこの時期、どんな想いでいっらしゃるのだろうか。と、思いを
はせる今日この頃です
私のもう一人のおじいちゃん(母方の祖父)が亡くなってから聞いたお話です。
祖父は終戦前、広島市の近辺に駐屯しており、広島市内へ原爆投下数日後、
入市し、軍の司令のもとでの働きをしたということでした\(゜□゜)/
しかしこの入市した時の話は、一切、家族の誰にもしなかったということです![]()


祖父は、原爆手帳の申請もしていませんでした。
祖父は、どうして原爆手帳の申請をしなかったのか、どうしてその時の話を誰にも
しなかったのか。想いを馳せるばかりです![]()
戦後、祖父は祖母と一緒に“納豆”の商売を始めました
戦争で、食べるものがないという状況が苦しかったため、日持ちがして栄養価の高い
もの
を作りたかったと聞きました。
こんなことを書きながら、優しかった祖父のことを、懐かしく想います。
そして、そのひ孫にあたる、納豆嫌いの我が息子
に、“大きいじいちゃん”が納豆作り
を始めた頃の話をしてみようかと、思いはじめています


思われるケースでも、“楽しく過ごせる時間が増えた
”とか、
といった状態です


知らないで過ごしてきたそうです。
お祭りの幟や、提灯が、普段と異なる幻想的な風景を彩っているその場
)。…どんな想いを感じておられたのでしょうか

」と、何だか焦っておられる様子


