J. K. ローリング, J. K. Rowling, 松岡 佑子
ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻

今回の作品が多くの酷評を受けた理由がわかった。
物語があまりに陰惨として救いがほとんど見当たらないからだ。
そのため、話の筋を追うだけでは本を投げ捨ててしまいたくなる。

読中、ここで助けが入るはずなのに・・・と何度思ったことか。
しかし甘い希望は却下され、これでもかこれでもかといたぶられる。


今までは人々を勇気づけ癒してきた物語が、読者に「反抗」している。
傷を持つ人は、その傷をふかくえぐられてしまう。
ハリーの異常なほどのイライラぶりや人間不信ぶりに
自己のイライラをますます増幅される。


ハリーと友人の目も当てられないやりとりは延々続く。
ハリーがこんな嫌な状態なら、友達をやめたくなる。
ハリーの教師など引き受けたくなる。
ロンとハーマイオニーが気の毒でならなかった。

(あのスネイプさえも・・・。)
しかし彼らは根気強くハリーに寄り添う。 彼らは「一過性根性曲がり」のハリーを守る。


そしてハリーは彼らの思いには応じない。
反抗期の少年の心はどこまでも荒ぶる。 疑心暗鬼、自己憐憫、自己破壊。

作中に出てくる古い肖像画のある人物の言葉に共感した。
私の目にもハリーの若さ=青さが憎々しげに映る。


新しい登場人物も、本を投げ捨てたくなる原因のひとつ。
魔法省から送り込まれた最悪の魔女。 悪行の数々に憎しみがつのる。
愚かな禁止条例を押しつける魔法省に対しても。


一回目読破の感想は、このようなものになった。
本当の魅力が見出せなかったのは自分でもわかる。
いつもなら作品の細部の世界を堪能したくなってすぐに読み返した。
しかし今回は、読者を遠のけようとしているのかと疑いたくなるような、
残酷なまでの刺々しさと、胸が潰されそうな「彼」への喪失感に、
今すぐにはもう一度読み返したいとは思えない。

次の巻を読まなければこの「呪い」は解かれそうにない。


20050528

紡木 たく ホットロード (4)

私のいちばん大切なマンガのひとつ。
だから何度でも読み返し、何度でもレビューしてしまう。


孤独な和希とハルヤマの恋。 ・・・はおいといて。

反社会的行為に走る子供たち。
彼らは孤独の解消のしかたを、知らない。
もがいてあがいて他人に迷惑をかけて、ただ走るだけ。


和希ママの恋人の言葉↓

 自分が誰かに 大切にされてるんだってことを
 本当に 知っていたら
 自分の命を 粗末になんか 決してできないはずだよ

 そういう人が 必ずいるんだってことを
 だれがいつあの子たちに おしえてやることができるんだろう


子どもが誰かの愛情を確信することなど、なかなか難しいと思う。
挫折して傷つかなければ、理解できない場合もあると思う。

私も若い頃は、和希のような反社会的な行動に走ったこともあった。
残念ながら親の愛情を実感する機会には恵まれなかった。
私はいまだに愛情とは何であるかを、知らない人なのかもしれない。
一生反抗期、一生親不孝者です。


041230

紡木 たく
かなしみのまち (1)

紡木たく、は最初はヤンキー少年少女の恋愛を描いた作品が多かったが
名作「ホットロード」からは、人物の内面や置かれている状況を
細やかに描写するのが非常に巧くなった。


「かなしみのまち」は94年の作品。
その頃はもう別マを買っていなかったので、後々コミックスで読んだ。

通信隊のある氷取は、機動警察通信隊が置かれている、岐阜県にある町らしい。
そこがこの物語の舞台である。


主人公・祐という女の子のママはちょっと変わった人。
いつもサングラスをかけていて、人目につくこと、外出を避けている。
「気持ちの弱い」ママは育児ノイローゼに陥り、幼い頃の祐を祖母に預けていた。

母親の愛情を十分に受けられず悲しむ祐は、峰という男の子との出会いで救われる。

峰は最愛の兄を事故で亡くしている。


かなしみの波長が似ているふたりは、仲よしになった。

その後、祐の前に運命の男性が現れる。
峰を取るか、彼を取るかで揺れる祐。


妹の誕生、愛する祖母の死を経て、祐は成長していく。
支えられるだけでなく、支えることのできる女性へと。


峰との別れはつらかったが、峰の言葉がいい。
「俺は祐ちゃんを愛しているから別れなんてこわくないんだ」


私は母親になってから読んだので、峰の純粋さにも心を打たれたが、
何より、祐のママの状況が気になった。
精神科の領域にいるひとが母親であること・・・。
その母を持つ娘の心の葛藤。


「ホットロード」や「小さな祈り 」も母と子どもの関係について
とても興味を引かれる描写があるので、今後、機会があれば
そちらについても書いてみたいと思う。

041220

中島 義道

人生を「半分」降りる―哲学的生き方のすすめ


横山秀夫さんの「半落ち」ではありません。
(息子がこの本の題名を見て勘違いしてました(笑))

副題は「哲学的生き方のすすめ」です。
中島義道さんは哲学家です。
とても珍しい(?)個性と感受性の持ち主です。
その著作は真面目なものから笑ってしまうようなものまで様々です。

中島さんにはたくさんの「嫌いなもの」があります。
私は「嫌いなもの」がたくさんある人を敬遠します。
ナルシストは苦手です。
自己主張しすぎる人は感じが悪いです。
(自分もそうなので近親憎悪みたいな感じでしょうか)

でも中島さんの「嫌い」には納得させられます。
彼が大多数派の中で、もがき苦しむ姿に、共感できます。
(こんなふうに書くと、彼にはきっと嫌がられるでしょうけど)


嫌いなものとつきあわないことに決めた彼は「人生を半分降り」ました。
自己中心的な生き方を選んだのです。
でもそれは決して楽な道ではなさそうですが。


彼は著作の中で幾度も
「人生の不条理をかみしめて生きれば、豊かな人生を送ることができる」
というようなことを書いています。
一見とてもネガティブな言葉ですが、私は奇妙な安心感を得られます。


以下、「人生を<半分>降りる」の最終章から転載いたします。


 「哲学的生き方」とは・・・(中略)
 まもなくあなたに訪れる「死」につねに向き合って、
 繊細な精神・批判精神・懐疑精神をもち、自己中心的な態度を貫き、
 できるだけ世間と妥協せずに生きることです。
 それは世間的には不幸なことであり、この不幸を噛みしめ
 不幸を自覚して生きることでもあります。

 そして?

 そして、あなたはまもなく死んでしまうのです・・・・・・・・・。


041220

いくえみ 綾
バラ色の明日 (2)

いくえみ綾、やっと「民生君」のイメージが薄れてきた時期の作品。

第5話(2巻)の「エンジェルベイビー」が好きです。
主人公のカブ君はどうもADHDっけがあるようだ。


好きなものには一直線。
それも度を超した。

※ADHD=注意欠陥多動性障害


カブ「ごめんね。おれ直情型なんだ。
昔からこうでいっぱい失敗してんだけど
それでも思ったらすぐ行動しちゃうし
口に出しちゃうんだ。」

ナナ「学習能力がないのね。
それは皆同じ。
皆それを抑制する力があるの。」


うーん、まさに。
行動の抑制能力(自己コントロールする力)が弱い人。
まぁ私はお医者じゃないから診断はできないけど。
もしかして生育環境のせいかもしれないけど。


いくえみがADHDを知っているかどうかは謎。
だけどこういうへんてこりんだけど愛すべきヤツを
描きあげてくれたことに感謝の★を5コ。

2241015