一時退院が1ヶ月間とあって母の体力は少しだけ回復していた。

もちろん食べることはほんの少ししかできなかったが嘔吐の回数は減った。

やっぱり自宅だと安心するのと、テレビや新聞があるからかなと感じた。

あとはわたしや子供との会話。

入院中はほとんど1人だし、気丈に振る舞う人だから弱音を看護師さんに話したりとかもないだろうし。

変化がない毎日の中、1人で食べれず嘔吐してを繰り返してたら余計なことばっかり考えるはずだし。


子供が寝たあとはリビングにきて、ソファでゴロンとなりながら30分程お話できてた。

30分間ずっと話してたわけじゃなく、休み休みだったけど親子の時間を持てて嬉しかったな。


子供が野菜を残してて「ちゃんとこれも食べよ!」って言ってると、
「◯◯ちゃんが可哀想じゃないー!」と、リビングに来る程にまでなった。

もちろん体調の良い悪い日はあったが以前と比べると、体力と気力が少しだけ回復したのを感じた。


母は自分でも感じたその回復を失いたくなかったのだろう。

「また治療が始まるのが嫌だ」と言っていた。


一時退院期間中も頻繁に外来へ行き、点滴をしてた母。

「家にいるとマシだけど点滴すると吐く」と言っていたことから体質だけじゃなく、精神的なものが大きかったと考えられる。


あと1クールで退院できると話していたけど外来で赤血球の数値が下がったと言われ、治療がもう少し延長になると医師に言われたらしい。

母は本当にガッカリして落ち込んでいた。

数値が下がったことはもちろんだが、「まだあの治療を続けなければならない」という事実が本当に嫌だったのだろう。

それでも親戚には「しょうがないよね。」と電話で話してた。


わたしは「しんどいけどもう少し耐えよう。そしたらまた帰れるよ」としか言えなかった。




10月24日入院の日がきた。

母は子供に「ママの言うことちゃんと聞いてね」と言った。

母は自分の孫と話すのはこれで最後だった。




続きます
母子家庭で、母とわたしの2人で暮らしてきたので何でも母に報告したり愚痴を聞いてもらっていた。

でも入院してからはそれもしなくなり誰かに聞いて欲しいことを言えなくなった。

学校で頑張ったこととか試験のこととか。

何でも母に言ってたのに。

わたしは母の弱音を聞いてあげるんだから、そんな余計なことを言わない!って思ってた。

でも母は弱音は言わなかった。

むしろ口数が減って一時退院のときもベッドの上でボーッと外を眺めていた。



9月に一時退院をしたとき、あまりにも母が弱っていたので1ヶ月間退院となった。

1週間の退院では次の化学療法に耐えられないだろうと。

1ヶ月間で少しで体力を戻そうということだった。



退院して少ししてから子供の2歳のお誕生日だった。

1歳のお誕生日はまだ離婚前だったが、実家に遊びに行き母とお祝いした。

母は「なんで来るのよー」と言いながらごはんも豪華なものを作ってくれてた。

本当に自分の孫のこと可愛がってた。

わたしはだめな娘だけど、子供を産んで孫を見せれたことだけは親孝行できてると感じた。

だから母に子供を見せること、成長を一緒に喜び合うことがすごく幸せだった。


でも2歳のお誕生日は子供と2人。

母は自室にこもっていた。

誰よりも、わたしよりも子供の成長を喜んでるはずの母なのに。

お祝いしようとする体力、気力も失われていた。



母はずっとベッド上にいたので歩くのが困難になっていた。

これでは困るからと、母は近くのコンビニまで練習のために歩いた。

わたしの肩と腕に思い切り掴まり体重をかけ、やっと少しずつ歩けた。

以前の母なら徒歩5分のコンビニ。

立ち止まり休憩しながら、息をゼーゼー切らしていた。

倍以上の時間をかけ、帰宅後はまず嘔吐。

その後は動けなくなりベッドでずっとうずくまっていた。

それでもわたしを誘って日々歩行の練習。

母の努力は凄まじかった。

これも本退院のあとのことを考えてだと思う。

数週間後には1人でコンビニまで行って帰ってこれるまでになった。

それでも帰宅後はぐったりしてたけど。

でも母は弱音を吐かなかった。

誰よりも苦しかったはずなのに。



続きます


母が入院してから不安で怖かった。

C型肝炎でやっと新薬で治療開始する矢先のことだったから。

一旦C型肝炎の治療は見送り、急性骨髄性白血病の治療になった。

一時退院したときもあんなにも大好きだった孫に話しかけることもできなくなってしまった。

夜中も何度も吐いてその度に起きて母の部屋に行った。

本当にしんどくて辛かったと思う。

それでも調子が良いときは「退院して元気になったらばあばがごはん作るね」って子供に話しかけてた。

約1ヶ月入院→1週間一時退院を繰り返していた。

ただ3クール目はあまりにも体力が低下していたので1ヶ月半入院してたな。

食べては吐くを繰り返してたらそうなるよね。

本当に可哀想だった。

だからわたしも頑張らないとって思ってた。

看護学校は休まないのが前提。

子持ちが子供を理由に休んだりすると「そんなこと入学前からわかってたことでしょ?」と言われてしまう。

それはそうだ。

自分が選んで入学してるんだもんね。

わたしは母が子供の発熱時のお迎え等を全て対応してくれる予定だった。

それは入学後1ヶ月しかできなかったけど。

母が入院して周りを見渡すと誰もいない。

親戚は遠方にしかいない。

離婚してる父も足が悪く自立歩行ができない。

母ありきで入学したことを痛感した。

学校には母が入院してすぐに報告した。

そのおかげで子供を理由に休んだり早退しても何も言われなかった。

本当にありがたかった。

基本的にはベビーシッターを雇ったが半日見てもらうと2万弱したので、友人の都合がつくときはそちらにお願いした。

授業を休んでも試験はなんとかなっていた。

とても大変な状況だし、実習時のことを考えると不安しかなかったが「なんとかなるだろ!」という持ち前のポジティブ精神で乗り切っていた。


お母さんの病気もなんとかなるし、わたしも学校なんとかなる!…と。



続きます