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こちらの2作品からインスピレーションを頂いております
ほっこり不思議で素敵な日常を綴られているお二人です
宜しければ、お二人のブログにもぜひ遊びに行かれてみてください
そして、作中にはmomokoさんが描いてくださったほんわかと可愛らしいイラストも掲載しております
こちらもともにお楽しみ頂けましたら嬉しいです(*´ω`*)
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二 )
「あ、彦神が帰ってきた」
「ほんとー? 彦神おかえりー!」
朗らかな2人の声に、彦神もゆるゆると肩の力を抜いてオフモードに切り替わる。
彼が帰ってきたのは、人の子の家だ。
そこに住む太一という青年が心眼持ちで、ご神仏だけでなく彦神などの精霊もみることが出来る。
さらに、その太一のパートナーである桃子という妙齢の女性も、精霊達を観(かん)じる能力の持ち主で、みんなにとっての良き理解者でもある。
この2人が暮らす家には龍神や座敷わらし達が棲みつき、あらゆる精霊たちの集いの場ともなっているのだ。
彦神にとっては、心休まる寝床でもある。
「彦神、お疲れ様。何か甘いものでも食べる?」
桃子の問いかけに、彦神は思わず破顔して頬を緩ませ、『では、チョコなど』と口にする。
特にナッツ入りのチョコが好きだ。
大好物がドングリなので、細かく砕いたドングリの実がたっぷり詰まった甘いチョコでもあれば最高なのに、どうやら現代人はドングリをそこまで美味しいとは思えないらしい。
ドングリの美味しさを知らないなんて、人生損してるなぁと常々思う。
縄文人は、あんなに喜んで食べていたのに。
そんなことを思っている間に、彦神のそばにはカゴに入ったナッツチョコとドングリの実と熱いお茶が置かれた。
まずドングリを摘んで一服していると、彦神の隣にのそりと一匹の狼がやって来た。
白い毛の雄の狼で、名は琥珀(こはく)という。
親しみをこめて、みんながハクと呼ぶこの狼は、不動明王に仕える神使だ。
桃子の友人の奈子を相棒として、ともに活動している。
時おり、こうして奈子の元から離れて桃子の家に遊びにやって来たりする。
(もちろん、桃子の家にいる精霊たちが奈子の家に行くこともある)
『おうおう、どうした? そんな浮かない顔をして。神社で何かあったのか』
気遣わしげに、ハクが言う。
その言葉に目元を和らげると、彦神は『それが……』と、件(くだん)の盗っ人の話をした。
その話を聴きながら、だんだんとハクの表情も険しいものになる。
『そんな悪党がいんのかい。そいつぁ、許しがてぇなぁ』
『ハクもそう思う? 人の子が捧げた賽銭を、同じ人の子が盗んでいくってのも……なんだかねぇ』
『そりゃあ、やるせねぇな』
『そうなんだよ』
『しかし、神さん方が目ェ瞑ってんだったら、俺ら神使は口出し出来ねぇもんな』
『うん……』
ぱくん、と飲み込んだドングリの実がやけに重く感じた。彦神はそっと視線を下に向ける。
『ボク達がいる意味って、あるのかなぁ』
ぽつりと、弱音が飛び出した。
自分たちは防ぐ手立ても何一つ出せずに、何度もあの悪党にやられっぱなし。そのことが悔しい以上に、無力な自分にプンスカと腹も立っていた。
『仏の顔も三度まで、だ』
『え?』
『神仏は、悪さする人間を甘やかすことはしねぇ。だから、神さん方も、このまま黙って見過ごす……なんてこたァ絶対にしねぇだろうよ。その悪党も、今にきっと報いを受ける。そん時にゃあ、おまえらがしっかりと灸を据えてやらねぇとな』
パチっと軽やかに片目を閉じるハクの姿に、思わず彦神は笑みを零した。
そうして、ふつふつと胸底から湧き上がる勇壮な情感(おもい)に突き動かされるようにして大きく頷く。
『ハク、ありがとう』
慰め、励ましてくれた友に心からの感謝を伝えれば、
『俺ァ、別に何もしてねぇよ』
彼は相変わらずの鷹揚さで、彦神に向けてニッと笑ってみせた。
三 )
朝早くに境内の掃除にきた氏子から「賽銭箱がまた壊されている」との連絡を受けて、宮司が神社にやって来たのは昼前のことだった。
壊された賽銭箱の側面を応急的に修繕すると、宮司は本殿に向けて深々と頭を下げる。
「神様方。お見苦しいものをお見せしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
信心深く、竹を割ったように真っ直ぐな誠実さを持った宮司は、ご祭神に向けて然(しか)と詫びた。
そうして顔を上げ、「はぁ」と気鬱そうにため息をこぼす。
神職が常駐していないこの神社が狙われたのは、これが初めてではない。
警察に相談し、監視カメラを2ヶ所設置し、賽銭箱の鍵も頑丈なものに替えたが、被害はなくならない。
しかし実をいえば、監視カメラも、四六時中回せているわけではない。
カメラを回し、維持することにも多額の費用がかかるのだ。
ここだけでなく、市内にあるいくつもの小さな神社を世話する身で、この神社にだけ多くの資金を割くことも出来なかった。
(もう、賽銭箱を撤去するか……)
やむを得ないのだ。
もともと、参拝客も多くはない。
賽銭の額も微々たるもので、たとえばひと月分を合わせても、防犯に費やす金額のほんのわずかな一部にしかならないものだ。
参拝に来てくれた人達には、手を合わせてもらうだけにしよう。
ここの賽銭泥棒が、万一にでも他所の神社仏閣でも罪を重ねる事態になれば、それこそ市中の人々に迷惑がかかるし、ご神仏にも面目が立たない。
今、この神社だけで済んでいる被害がこれ以上拡がらないように、市中の神社仏閣に防犯対策の徹底を呼び掛けることが、まず肝心だ。
短く切った白髪頭を乱雑に掻いて、宮司は再び、重い溜息を吐き出した。
こうして神様方のお世話をする身で、何とも情けのないことだ。
不甲斐ない自分に苛立つものの、それをぶつける先もない。
溜まった鬱憤(うっぷん)はひたすらに胸の奥に押し込んで、平らかな心持ちで日々を過ごせるようにと、耐え忍ぶ。
ああ、そうだ。
賽銭箱をなくす代わりに、拝殿の前に小さな花器を置いて野花でも活けてみようか。
昨今では手水舎を花で飾る花手水が人気らしい。
そこまで派手にするだけの資金もないが、妻が育てている庭の花々を分けてもらって飾れば、参拝者の気持ちも和やかになるかもしれない。
神社にお参りに来た人達が、心晴れやかになるように。
やり場のない苦衷(くちゅう)を押し殺そうと唇をぎゅっと噛み締めて、宮司は項垂れたまま足早に神社を後にした。
*
気の毒にすら思える宮司の姿を見ていて、彦神の胸中にも鬱屈としたものが湧き上がっていた。
自分達は、あの宮司のことも守ってやれていないのだ。
宮司や、熱心な氏子達はこのお社を大切に守ってくれているのに。
ふと横を見れば、美蘭や望乃も、苦しげに眉根を寄せていた。
――と、そんな彼らの心中にそよ風を吹かすような軽快さで、今度は40代半ばほどの女性が鼻歌を歌いながら参道を歩いてくる。
今までの険しい表情もなりを潜めて、彦神達の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。
ふんふん、と伸びやかな歌声を響かせて手水舎で手口を清めると、女性はスカートの裾をひらりと靡かせて、拝殿の前に文字通り躍り出た。
そうして、にっこり笑い、「神様、こんにちは」と声を出して朗らかに挨拶する。
続いて、鞄から財布を取り出すと丁寧な所作で小銭をざらざらと賽銭箱に注ぎいれた。
「あ、やだ! また泥棒が来たのね」
修繕された賽銭箱の側面が目についたのか、女性は眉根を寄せて悔しげに呟く。
――が、次の瞬間には、鞄の中から今度は春先のフキノトウの如く膨らんだ小銭入れをも取り出して、その中身もさらに賽銭箱の中へと滑らせていく。
「本当に、罰当たりなことをするんだから。神社の神様達が怒っていませんように」
そんな言葉を口にして、ありったけの小銭を賽銭箱に食わせると、やがて満足したように息を吐く。
彼女がこの神社に通いだしたのは、もう何十年も前のことだ。
結婚してこの土地にやって来たものの、茶飲み友達もいなかったらしい彼女は日々の散歩がてらこの神社に顔をだすようになった。
やがて彼女には3人の子が生まれ、その子らを連れて参拝に来るようになったが、旦那は仕事が忙しいらしく、一緒に来たことは1度もなかった。
彼女にとって、心細いときに支えてくれたのがこの神社だったらしく、宮司とも親交が深いし、子ども達がそれぞれ独立してからも一人で定期的に通って来ている。
仕事でも大きな成果を出しているらしく、この神社の賽銭のほとんどが彼女によるものだった。
「嫌なことをする人もいますけど、神様を大事に想っている者も多くいますので」
手を合わせ、頭を下げて丁寧にそう伝えると、女性はまたにっこりと拝殿に向けて微笑み、そして来た道を軽やかな足取りで帰って行った。
『昨晩のような不届き者もいるが、こうして心がけの美しい者もいる。人間って、みていると本当に面白いものだ』
『まぁね。でも、だからといって神前で盗みを働くなんてもってのほかだけど』
『みんなニコニコが、一番いいねぇ』
3体が口々に言って笑い合っていると、再び、参道を誰かが歩いてきた。
見れば、ボロボロの衣服を身に纏った高齢の男性だった。
宮司よりもさらに年配らしく、頭髪も長く伸びた口ひげも真っ白になっている。
老翁の手には、古びたダンボールの束と麻袋が2つ握られていた。
警戒する彦神達の鋭い視線をものともせず、老翁はスタスタと参道を通り、手水舎も無視して、そのまま拝殿の前にやって来る。
さらに、あろうことか土足で拝殿前の階(きざはし)をギシギシと音を立てて登り、拝殿の扉の鍵をガチャガチャと乱暴に回す。数瞬のうちに、ゴトリと音がして鍵が錠ごと床に落ちた。
「しばらく、ここで厄介になるぞい。これなら、雨風もしのげるだろう」
誰にともなく口にして、老翁は拝殿の中に入り込むと、中央の畳の上にダンボールを広げていく。
『ちと寒いのう』
ふるりと身を震わせ、彼は麻袋の一つを開き、中から薄汚れた布団を取り出した。そのまま、ぽふんと布団をかぶりダンボールの上で横になると、ぐーぐーと小気味よい寝息を立て始める。
『え? 寝ちゃった……』
『ほーむれす、って人かなぁ』
『いやいや、勝手に拝殿に入り込むのはさすがに……』
その様子を見て唖然としていた彦神がハッと我にかえり、慌てて老翁を拝殿内から追い出そうとすると、祭神の豊受大神が拝殿の階部分に姿を現して、彦神を片手でそっと制した。
『構いません。そのまま寝かせておいて差し上げなさい』
『え? でも……』
『心をおおらかにして、あらゆる物事に向き合うことが大切ですよ』
柔らかな声で諭すと、女神は目元を和らげて彦神をじっと見つめた。
四 )
再び、盗っ人が神社にやって来た。
あの晩からまだひと月も経っていない。
しかも、今回は真昼間だ。
参道を歩く盗っ人の姿を認めた途端、彦神と美蘭は厳(いかめ)しい形相になり、望乃は表情を強ばらせながら、さっと拝殿前に駆け寄った。
閉じられた拝殿の扉の向こうでは、ここに棲みついたボロボロの身なりの老翁がちょうど昼寝をしているらしく、小気味よい寝息が聞こえている。
その彼と、ご祭神達を守るべく拝殿の前に陣取った望乃が、固唾をのんで前方を見つめる。
こそこそと背後を気にしながら進み来る盗っ人は、黒の帽子を目深に被り、口元はマスクで覆っている。
春先の温暖な気候にそぐわぬ長袖長ズボンのジャージで、足元は穴の空いたスニーカーだった。
『美蘭、来たぞ』
『今日こそ、とっちめてやる』
剣呑な輝きを放つ牙を覗かせて唸る美蘭に目配せすると、彦神も全身にフッと神力をこめる。
いつもはふわふわした柔らかな毛並みが、一気にトゲトゲした剣呑なものに変わる。
そうした不穏な空気を察知したのか、いつの間にか拝殿の前には道真公と豊受大神の2柱も姿を現し、迫る盗っ人の姿をじっと見つめていた。
やがて、盗っ人が賽銭箱に近付いた。
辺りを念入りに見回してから、その場に勢いよくしゃがみ、手早くズボンのポケットから工具を取り出して、いつもと同じように箱の側面をガツン、ガツンと力いっぱい叩きつけていく。
前回とは別の面を狙い、同じように穴を開けて中身を取り出そうとした刹那、参道から「おいっ!」と凄みのある怒鳴り声が響いた。
びくりと肩を震わせた盗っ人とともに、彦神達も背後を振り向けば、そこには肩をいからせて顔を真っ赤にして仁王立ちになった宮司の姿があった。
「あんた、何してんだ!」
「ちっ」
盗っ人が舌を打ち、乱雑に小銭をかき集めると、ポケットから取り出した巾着袋に押し込むように詰めていく。
今まさに賽銭を盗んでいる姿を目にした宮司は激昂し、突進するような勢いで盗っ人の元に走る。
声にならない叫び声を上げ、宮司は砂埃を巻き上げて疾駆(しっく)した。
美蘭のそばを――、そして彦神の脇を走り抜けると、宮司は盗っ人に飛びかかろうと地面を蹴る。
――が、その手が盗っ人に届く前に低い呻きが漏れた。
盗っ人が、手にしていた工具を振り回したのだ。 滅茶苦茶に振り回したその一撃が、宮司の右肩を直撃した。
痛みに呻き、よろめいた宮司の身体に、再度、盗っ人が振り回す工具が当たる。
そうして宮司が地面に倒れ伏した刹那、彦神は竜巻のように飛び出した。
ビュッと風を切り、木の葉を巻き込んで渦巻くつむじ風となって盗っ人に接近した彦神は、トゲトゲになったおのれの身を挺して宮司を庇い、何度も工具で打たれた。
痛みを感じるどころではない。
ただ、ひたすらに宮司を守った。
トゲトゲになった毛の先端の1本が、カツンと音を立てて砕けた。
電流のように全身を伝う痛みに、彦神は堪らず呻いてぎゅっと目を瞑る。
その彦神を助けようと、望乃が盗っ人に飛びかかり、工具で打たれる。
離れた場所で美蘭が喚いた。
『美蘭、来ちゃダメだ!』
しかし、彦神は彼女を制した。
大事な盟友にケガをさせるわけにはいかない。
「きゃっ」と短な悲鳴を上げて地面に倒れた望乃と宮司を守るように、彦神がよろりと動いたのと、
バンッと派手な音を立てて、拝殿の扉が内側から開(ひら)いたのはほぼ同時だった。
『なんじゃ、やかましいのう』
そうして姿を見せたボロボロの身なりの老翁が、じろりと盗っ人を睨みつける。
ところが、盗っ人は何事が起こったのか分からないようで、階(きざはし)から転がり落ちて地面に尻もちをついたまま、「は?」と何度も訝しげに繰り返した。
『こやつは、超えてはならん一線を超えたようだのう』
翁が底冷えするような低い声で言うと、それまで一連の光景を静観していた豊受大神と道真公も、険しい表情でこくりと首肯する。
『これまでは、"おのれの家計(いえ)から出した金を、おのれが取っていく"ということだけでしたので目を瞑っておりましたが』
『とうとう、我らの社を守る宮司と眷属らに危害をくわえた。これは到底許せるものではない』
峻厳な目つきで盗っ人を睥睨すると、道真公が自身の右手を高く振りかざし、そのまま勢いをつけて一気に振り下ろした。
刹那、神社の上空にだけパリパリとした稲妻を纏わせた雷雲が現れ、数瞬の間を置いて、その雲間からビカッと眩い一筋の閃光を弾きだした。
一瞬ののち、ドォーンと派手な雷鳴が辺りに鳴り響く。
その轟音より一瞬速く、まばたきの合間に矢のように一直線に地上に落ちてきた閃光が、盗っ人がへたり込む地面のすぐ脇の参道の石畳を深く抉(えぐ)った。
「ひっ……」
シュウシュウと白い煙を立ち昇らせる抉(えぐ)れた石畳を凝視したまま、盗っ人は放心して石像のように固まってしまった。
*
『えっ! それでは、あなたはこの土地の祖神(おやがみ)さまなんですか!?』
目を見開き、驚嘆の叫びを上げる彦神を愉快そうに眺めると、老翁がにやりと笑う。
『左様。おまえさん達は、わしを小汚いジジイだとでも思うとったんじゃろ。人を見た目で判断するでないわ』
『い、いえっ! 決してそんなことは……』
あわあわと弁明する彦神の姿に、皆が声を上げてゲラゲラと笑いだす。
事の顛末は、実に奇想天外であった。
実は、あの盗っ人は、神社に足繁く通う女性の旦那だったらしい。
半年ほど前に仕事をクビになったことを妻に言い出せず、神社の賽銭(つまり、ほとんどが彼の妻が奉仕したもの)を盗んでは月々の小遣いにしていた。
そうした家族関係などの諸事情を知っていたご祭神達は、思慮を巡らせつつも、この状況をひとまず静観することにした。
万が一、盗っ人が、鉢合わせた宮司に手をあげるような真似をすれば即座に厳しく咎(とが)める心づもりでいたらしい。
ところが、ちょうど時を同じくして、この土地を守る祖神――地主神が、日頃、懸命な働きをみせる彦神について眷属の階級昇格の試験実施を提案してきたらしいのだ。
この地主神が祀られるのは、この地域の一の宮神社よりさらにはるか昔から鎮座する山奥の祠らしい。
そして、地主神からの打診をまたとない好機と受け取ったご祭神達は、地主神に神社内に住み込んでもらい、すぐ近くで彦神の日々の働きぶりを見てもらうことにした。
その最中(さなか)、先ほどの盗っ人との対峙が起きた。
おのれの身を挺してご祭神らや仲間の眷属、そして宮司までをも1人で守ろうとした彦神の獅子奮迅の働きには、地主神も目を瞠(みは)るものがあったらしい。
試験は無事合格となったが、しかし、まだまだ大きな神社に移るには時期尚早。
よって今しばらくはこの神社に留まり、眷属精霊として、より堅強な精神と霊力を養うように――というのが、地主神から彼に与えられた此度の試験の総括であった。
その旨を真摯に受け止めて、彦神は改めて地主神に深々と頭を下げる。
『祖神さまに1日も早くお仕え奉(たてまつ)れますようにと、これからも日々粛々と精進してまいります』
『うむ。おまえが今よりもっと強うなった時には、一の宮をすっ飛ばして、わしの宮に直々に配属させるでのう。心して、日々の勤めに励めよ』
『はいっ、一生懸命に頑張ります』
その返答に満足げに頷くと、地主神はふわりと宙に浮き上がった。
そうして、光のさざ波に包まれるようにして一瞬その姿をくらました。
不思議そうに望乃が辺りをキョロキョロしていると、ゆるやかに光のさざなみが引いていき、中から光り輝く翁の姿が現れた。
驚いたことに、巨大な赤龍も姿を現し、翁はその龍の背に跨っていた。
『では、試験も無事に済んだので、わしゃ帰るぞい。ちょうど、香雅(カガ)が迎えに来てくれたでのう』
香雅と呼ばれた赤龍が、オオォッと高らかに咆哮する。
『彦神よ、此度のおまえの働きは見事であった。わずかじゃが、褒美をやろう。あとで、その袋を開けてみるが良い』
その言葉を言い終えると、地主神と香雅の姿は宙空に溶けるように消えていった。
夢見心地でぼんやりしていた彦神を、美蘭が前足でつつく。
ハッと正気に戻った彼が、おずおずと地主神の置いていった麻の袋を開ける。
すると――
一つには袋いっぱいの100円玉と500円玉が。
さらに、もう一つの袋には、艶々としたドングリがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
終 )
ポリポリと小気味よい音を立ててドングリを齧りながら、彦神はしみじみした口調で歌っていた。
『人目を忍んで星明かり
宵闇ひそかに駆け回り
ふわりそわりと
みちびく先にィ
みえる光のあたた~かさァ~~♪』
「彦神が、何か歌ってる」
「えー、どんな歌?」
「なんか、演歌みたいな」
『夜更けのもふけ』
「夜ふけのもふけ、ってタイトルらしいよ」
「なにそれ~!」
けらけらと明るく笑う桃子の声に、つられて彦神も『ふふふ』と微笑む。
そんな彦神の隣では、今宵も遊びに来ていた白狼のハクが、伏せた姿で穏和な笑みを浮かべていた。
――と、桃子の携帯が鳴った。
どうやら奈子からの電話らしい。
「もしも~し」と朗らかに桃子が応え、そのままスピーカーモードにして奈子も交えて皆で和気あいあいとした歓談のひとときとなった。
「ねぇ、奈子。ちょっと聞いて!」
「どうしたの?」
「あのねぇ、先日、うちの近くの神社で賽銭泥棒が捕まったの。それが、彦神が勤めてる神社でさぁ」
「うわ~! すごい! それ絶対、彦神も泥棒の捕物に一役買ってるよね」
「だよね~」
破顔して嬉しそうな桃子を見つめていたハクが、ちらと彦神を横目で見た。
彦神から事の顛末を全て聞いているハクが、ニヤリと笑う。
『一役どころなんかじゃねえと、訂正しなくて良いのかい?』
『いいんだよ、だって捕まえたのは道真公さまのお力だし。桃ちゃん達には、神様はちゃんと神社を守ってるってことが伝わればそれで良いんだ』
『へぇ。そりゃあ、なんとも謙虚なことで』
くつくつと愉快そうに笑うハクに、彦神はドングリをいくつか差し出した。
そうして一緒に食べながら、しみじみと思う。
自分は眷属として、まだまだ未熟だったなと。
たとえば、今回のこと。
神社に賽銭泥棒が現れた。泥棒は悪いことだから捕まえなければならない。
捕まえてしまえば、神社にもこれ以上の被害が及ぶこともない。
そうした思考で、泥棒を捕まえることだけに集中していた。
ところが、ご祭神達はそれより一段も二段も高い位置から物事をみていたのだ。
彦神の昇級試験の件も然りだが、それだけではない。
盗っ人が解雇されて苦悶している状況も、そして盗っ人が定期的に参拝に来る女性の身内であることも知っていた。
そして、その女性が通う神社でしか盗っ人が泥棒しないように手回しもしていた。
(他の神社では、カラスに襲われたり、他の参拝客がいて賽銭を盗めないようにされていたらしい)
金は多く盗まれたが、地主神が置いていった総額100万円近くの小銭を全て賽銭箱に入れておいたので、宮司や神社には損もなかった。
(この大金は、なんと市内だけでなく、隣接するいくつもの地域の寺社仏閣のご神仏達が林神社のためにと分けてくれたものらしい)
また、その女性と宮司との間にしっかりとした信頼関係も築かれていたことが、今回は功を奏した。
警察からの連絡を受けて事情を知った女性は、拘留中の旦那に代わり誠心誠意の謝罪をした。
それを宮司はしっかりと受け止めて、被害届を取り下げ、旦那を釈放してもらった。
そうして、すっかり反省した旦那にはあれから毎日、市内にある宮司が管理している十数カ所の神社の清掃を罰として科した。
おかげで、宮司の負担もいくらか減り、その分、自身が管理する神社で花手水をしたり、御朱印の授与にも本腰を入れて向き合えるようになった。
さらには、道真公が盗っ人に喝を入れるために落としたイカズチが思わぬ反響を呼んでいる。
本殿前に残った、落雷によって抉れた石畳が写真や動画に収められ、『神様が落とした雷の跡(あと)』としてSNSを介して全国に広まったのだ。
すると、雷が落ちて泥棒が御用になったことから、【泥棒除け・災難除け・悪縁除け】などに霊験あらたかとの噂も一緒に飛び回り、一気に参拝者が増えた。
今では神社の一角にプレハブの小さな社務所が建ち、宮司が常駐して参拝者の対応に終日追われている。
おまけで、神社に人の往来が増えたことで霊的な守護――つまり眷属の人数も増やす必要が出たため、なんともふけ族の後進が3体、あらたに眷属見習いとしてやって来た。
そんなわけで、この半月ほどで神社の環境は一気に様変わりした。
人や眷属達が多く集って、毎日がお祭り騒ぎのように賑やかしい。
少し前の、静謐な空気漂う神社も好きだったけれど、今の騒がしい雰囲気も彦神には好もしく感じられる。
ご祭神達には、もしかしたら、こうした未来が来ることがしっかりとみえていたのではないか。
だからこそ、つねに冷静沈着にあらゆら物事を見据えていられた。
その視野の広さと、想いの深さをまざまざと見せつけられて、彦神の胸のなかには熱いものが沸き起こっていた。
『ボクも、立派な眷属になるぞ』
ドングリをカリポリと噛み締めながら口にした彦神の決意の言葉に、隣で寄り添うハクが目元を優しく細めて、ゆったりと大きく頷いた。
【了】
おまけ