むかしむかし、カンチールというかしこくて小さなシカが、森で友だちと遊んでいました。
走り回った力ンチールは、のどがかわいたので、
「ぼく、水を飲みに行ってくるよ」
と、一人で川にやってきました。
ふと見ると、水の上に長い棒が浮かんでいます。
「ちょうどいいや。あの上に乗っかれば、よく水が飲める」
でもそばまで来ると、どうも棒とは少し違うようです。
上にギザギザが並んでいるので、もしかするとワニの背中かもしれません。
もしもワニの背中だったら、乗っかったとたんにパクリと食ベられてしまいます。
「よし、棒かワニか、調ベてやろう」
そう思った力ンチールは、大きな声で言いました。
「そこに浮かんでるのは、棒かな? ワニかな? 棒なら、今にひっくり返るぞ。ワニだったら、いつまでもジッとしてるけどなあ」
カンチールは、わざと反対の事を言ったのです。
すると水に浮かんでいた太い物が、急に動き出しました。
そしてグラリとひっくり返って、ワニのお腹が出たのです。
カンチールは、笑いながら言いました。
「やあ、バカなワニさん。棒が勝手に、ひっくり返るはずがないだろう。ぼくは向こうへ行って、水を飲むよ」
「しまった。せっかく待ちぶせしていたのに、おしいことをした」
ワニはくやしがって、今度は林の中に穴をほってもぐりこみました。
水を飲み終えたカンチールが遊びにいく途中で、その穴を見つけました。
「大きな穴だなあ。もしかすると、ブタさんの家かもしれないぞ」
そっと穴をのぞくと、ワニが昼寝をしていました。
「ウヒャァー。いつかのワニだ!」
カンチールがあわてて逃げて行くと、今度は向こうからおそろしいトラがやって来ました。
トラはカンチールを食べようと、するどいキバをむき出して、こっちに近づいてきます。
りこうなカンチールは、トラに言いました。
「トラさん、いいことを教えてあげましょうか? 実はあっちの林に、ブタさんがいるんですよ」
ブタは、トラの大好物です。
「なに、ブタだって。それはありがたい。ブタはお前なんかより、ずっとおいしいからな。さあ、どこだ。連れて行ってくれ」
そこで力ンチールは林に戻ると、ワニが昼寝をしていた穴を教えました。
「ここです、トラさん。この穴ですよ」
「そうか、よし、いただきまーす」
トラは喜んで、穴に入っていきました。
でも穴はカラッポで、なにもいません。
ワニは昼寝から起きて、どこかへ行ったのです。
「力ンチールめ、よくもおれをだましたな!」
トラは怒って穴から出ると、カンチールを探しました。
するとカンチールは、近くの木を見上げていました。
「やい、力ンチール。覚悟しろ!」
トラは、カンチールにとびかかろうとしました。
するとカンチールは、木の上にぶら下がっている物を指さして言いました。
「待ってください、ぼく、めずらしい物を見つけました。人間が残していった、つりがねです」
「へえっ、つりがねか。どこにあるんだい?」
「ほら、あの木の枝にぶらさがっているでしょう。小さいけど、とってもいい音がするんですよ」
「そうか、よし、ちょっと鳴らしてやろう。そこをどけ!」
トラは背伸びをすると、木の枝にさがっている物を力いっぱいたたきました。
ところがそれは、ハチの巣だったのです。
怒ったハチは、トラにおそいかかりました。
チクリ、チクリ、チクチク。
「わあーっ、やめろ、やめろ、痛たっ!」
転げ回るトラをしりめに、カンチールはどこかへ逃げてしまいました。
おしまい