むかしむかし、ある殿さまの家来に、忍術使いとして有名な侍がいました。
この侍は忍術の他にも不思議な術を使い、どんな城でも忍び込む事出来たそうです。
ある冬の事、侍の家に仲間がやってきて、酒を酌み交わしていると侍が尋ねました。
「ところでお主たち、天の川の鮎を食べた事があるか? あれはうまいぞ」
「天の川の鮎? 何を言っているんだ。お主がいかに忍術の名人といっても、天の川まで行く事は出来ないだろう」
「そうとも、ほらを吹くのもいいかげんにしろ」
仲間たちが口々に言うと、侍は真面目な顔で言いました。
「それなら、今日は特別に天の川の鮎をごちそうしよう。今ここで捕ってやるから、よく見ていろ」
侍は召使いの男に、細引きを何本も持ってこさせました。
そしてその細引きを結び合わせて長く伸ばすと、庭へ出ました。
「まさか、本当に天の川の鮎を?」
仲間たちも、半信半疑で庭へ出ました。
すると侍は、細引きのはしを右手に持って、
「えいっ!」
と、叫ぶなり、その細引きを空に向かって投げつけました。
すると細引きは矢の様に空へ登って、やがて一本の竿の様になりました。
侍はその細引きに飛びつくと、すうっと空へ登り始めたのです。
侍の体は、たちまち豆粒ぐらいになって空に消えました。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あまりの不思議さに、仲間たちは声も出ません。
仲間たちが空を見上げたまま突っ立っていると、しばらくたって雲の間から侍が現れて、細引きをつかんだまま風の様に舞い降りて来ました。
そして庭に降り立つと細引きを一気にたぐりよせて、召使いにかごを持って来させました。
「さあ、捕ってきたぞ」
侍は、たもとから次々と鮎を取り出すと、かごの中に入れました。
どれも大きく立派な鮎で、ぴちぴちと勢いよくはねています。
「本当に、天の川の鮎だ」
「何という、不思議な男よ」
仲間たちは、今さらの様にこの侍の術に舌を巻きました。
やがて塩焼きになって出てきた鮎は、この世の物とも思えないほどのおいしさで、
「さすがは天の川の鮎、こんなうまい鮎は、食べたことがない」
と、仲間たちを喜ばせたそうです。