むかしむかし、海辺の近くに、一人の狩人が住んでいました。
狩人は一匹の山犬を飼っていて、山へ獲物を取りに行くときは、いつもこの犬を連れて行きました。
ある晩の事、山から戻った狩人が海辺でたき火をして休んでいると、犬が急に吠えだして、たき火のまわりを駆け出したのです。
「おい、どうした? おとなしくしろ」
狩人がいくらなだめても、犬は言うことを聞きません。
狩人が不思議に思っていると、犬はいきなり海へ飛び込んで、すぐにたき火のそばへ戻ってきました。
そして濡れた体をブルブルと振って、体についた水を飛ばして火を消そうとするのです。
「こら! やめろ、やめるんだ!」
狩人は犬をしかりましたが、それでも犬はやめようとせず、同じ事を何度も繰り返して、とうとうたき火を消してしまいました。
そして犬は、ゆっくりふりかえると、今度は狩人をにらんでうなりはじめます。
「うぅーーーーっ!」
この犬が、こんなに怖い顔をするのは初めてです。
「まさか、おれを殺そうというんじゃないだろうな」
狩人は、あわてて鉄砲をかまえました。
そのとたん、犬が飛びかかってきました。
ズドーン!
狩人の鉄砲が火を吹いて、
「キャイーン!」
と、犬はするどい鳴き声とともに、倒れました。
すると今まで静かだった海が大きくゆれ、波の中からまっ黒な大男が現れたのです。
大男は狩人を見て、にやりと笑いました。
「お前、犬を殺したな」
「おれの犬をおれが殺しても、文句はあるまい!」
狩人が言いかえすと、
「いや、犬を殺してくれて助かった。それより、その鉄砲でわしを撃ってみろ」
と、大男は両手を広げて、波をけりながら近づいてきます。
(これは、海の魔物にちがいない)
狩人は大男の胸を狙って、鉄砲の玉を撃ち込みました。
ズドーン!
ところが大男は、その玉をひょいと手でつかんでしまいました。
「なんだと!」
狩人はあわてて、
ズドーン!
ズドーン!
ズドーン!
と、ありったけの玉を撃ち込みましたが、大男はにやにや笑いながら、鉄砲の玉をつかみとります。
そしてついに、鉄砲の玉がなくなってしまいました。
「どうやら、玉もお終いのようだな」
狩人は恐ろしさのあまり、ガタガタとふるえました。
(だめだ、鉄砲が効かねえ。でもここで弱気になったら、おしまいだぞ)
狩人は、肌身はなさず持っているお守りの中から、こっそりと隠し玉を取り出すと、大男に見えないように鉄砲に込めました。
「あははははっ。ついにあきらめたか」
大男はゆっくりと進んできて、狩人を捕まえようとします。
(神さま、お願いです!)
狩人は心の中で手をあわせると、大男の胸をめがけて最後の一発を撃ち込みました。
ズドーーン!
祈りを込めた玉は、みごとに魔物の胸に命中しました。
「ウギャーー!」
さすがの大男もたまらず、ものすごいさけび声をあげながら海の中へ倒れました。
「くそっ。おれとしたことが・・・」
大男はくやしそうに言うと、そのまま海の底に沈んでいきました。
「やれやれ、助かった」
狩人はほっとして家へ帰り、さっそく家の人にこの出来事をくわしく話してきかせました。
そして狩人は話しおわったとたんに気分が悪くなり、そのまま死んでしまったということです。