むかしむかし、金沢の町を流れる川に何匹ものカワウソがすんでいて、よく人をだましたりしていました。
ある夜ふけの事、若い侍が町はずれの道を歩いていると、先にある横丁から女の人が出てきて、前を歩いていきました。
「いまどき女の人が一人で、どこへいくのだろう?」
若い侍はふと、そう思いました。
ところがちょっと脇見をした間に、女の人の後ろに五つか六つばかりの小坊主頭の男の子が現れて、足早に女の人を追いかけました。
そして女の人に追いつくと、女の人は男の子の手をひっぱって、二人はならんで歩きはじめました。
「気がつかなかったな。あの人は子どもをつれていたのか」
若い侍は、なぜかほっとしました。
親子連れは、大きな屋敷にめぐらされている堀にかかった石の橋をわたっていきます。
「なんと、こんな大きな屋敷の人だったのか」
と、侍が思ったとたん、女の人は突然立ちどまって、
「まったく! お前のような役にたたない者は、じゃまになるだけだ!」
と、かん高い声でいうなり、なんと男の子をかかえあげて、そのまま堀の中へ投げこんでしまったのです。
バシャーン!
一度大きな水音はしましたが、それっきり何の音も聞こえません。
「あの女は、ただものではないぞ」
若い侍は腰の刀に手をかけて、走っていきました。
「子どもに何をするのだ! お前は何者だ!」
すると女の人はふりかえって、にやりと笑いました。
あごの下の喉から胸のあたりが、まっ白な毛でおおわれています。
とても、人間とは思えません。
「おのれ、化け物!」
侍は手をかけた刀を抜いて、斬りかかりました。
しかし女の化け物は、ひらりと宙にとびあがると、そのまま闇の中に消えてしまいました。
「どこへ行った!」
侍が辺りをキョロキョロ見回すと、
バシャーン!
化け物は堀に飛び込んだのか、闇の中から大きな水音が聞こえました。
「むむっ!」
若い侍が堀の中をのぞきこむと、二匹のカワウソがむこうの水の中から顔を出して、先ほどの女の化け物と同じように、にやりと笑ったということです。