むかしむかし、田辺(たなべ)に佐竹某という大金持ちがすんでいました。
この男は、大平の高台に立派な別荘をたてて、ぜいたくな暮らしをしていたので、村の人たちは『大平長者』と呼んでいました。
長者は毎晩、庭に定紋(しょうもん)を染め抜いた、ちりめんの幕をはり、黄金の太鼓を打ちならすと、山海の珍味を食べて酒を飲んでいました。
ある夏の事、庭に出てみると、松の木にツルが巣をつくっています。
長者は、これはめでたいと喜んでいましたが、そのうちにツルの肉を食べてみたいと思うようになりました。
けれども、ツルを殺すのは御法度(ごはっと)になっています。
長者は何とかして、あのツルの肉を食べたいと笛日毎日思い続けていました。
ある日、長者が巣の中をひょいとのぞいてみると、ツルが卵をうんで温めています。
長者は、
「ツルを食べる事は御法度だが、卵なら取ってもよかろう」
と、その晩にこっそり卵を取り出して、かわりにアヒルの卵を入れておいたのです。
そして人にだまって、ツルの卵を食べてしまいました。
それから何日かたって、巣の中の卵がかえると、どうみてもツルの子には見えません。
親ヅルはびっくりして、その日から悲しそうに飛びまわっていましたが、二、三日後には、ヒナをみんなつき殺してしまいました。
この事があってから、あれほどぜいたくな暮らしをしていた長者大平も、だんだん貧乏になり、まもなく別荘も本宅も他人の手に渡ってしまったのです。