むかしむかし、上総の国(かずさのくに→千葉県)の浪花村(なみはなむら)という海辺の村に、一人の若い海女(あま)が住んでいました。
この海の沖には、なんと傘を広げたほどの、それは大きなアワビがいるというのです。
そしてこの大アワビを怒らせると、たちまち大嵐を起こすと言い伝えられており、漁師たちは恐がって、誰一人としてその近くで働く者はいませんでした。
ところが、ある日の事、一人の若い海女が、ふとしたことからこの大アワビを怒らせてしまったのです。
静かだった海は、にわかに荒れだし、激しい雨になりました。
沖へ漁に出ようとしていた漁師たちは、あわてて舟を浜へあげて、しかたなく嵐のやむのを待っていました。
そこへ、海女たちもやって来て、
「仕方がない。今日は漁をあきらめて、のんびりしましょう」
と、いう事になったのです。
そんなわけで、みんなは海辺の小屋に集まり、歌を歌ったり語り合ったりしたそうです。
ところが若い海女は、その漁師のうちの一人を好きになってしまいました。
次の日、嵐がやんだので、若い海女は海へ出ましたが、その男の事がどうにも忘れられません。
嵐が来れば再び海辺の小屋でその男にあえるかもしれないと思った海女は、また大アワビのいる沖へ行き、石を投げ込みました。
すると晴れていた空がみるみる暗くなって、大波が出て、それはひどい嵐になったではありませんか。
「やれやれ、また嵐か」
海女や漁師たちは、うらめしそうに沖の方を見ていました。
「あの人は、きっといるに違いない」
若い海女は、嵐の中を海辺の小屋へ向かいました。
海女の思った通り、その男も海女に会いたくて小屋に来ていました。
それからというもの、若い海女は男に会いたくなると、大アワビのいる沖へ出かけて行って石を投げたのです。
そしてとうとう、若い海女は毎日会いたくなって、いっぺんに沢山の石を投げこんでしまいました。
何日も続く大嵐になれば、男は漁に出られなくなると思ったです。
ところがその時、男は前の晩から沖で漁をしていたので、浜へ戻ろうにも戻れませんでした。
それを知った若い海女は、
「しまった。このままではあの人は帰れない。大アワビさま、お願いです。どうかこの嵐をしずめてください」
と、沖に向って手を合わせましたが、嵐はいっこうにしずまりません。
それどころか海はますます荒れ狂い、とうとう舟ごと男を飲みこんでしまいました。
若い海女は、気も狂わんばかりに夢中で海へとびこみます。
荒波をおし分け、海女は必死で泳ぎました。
そしてやっと、男のそばへたどり着いた時には、もう泳ぐ力が残っていませんでした。
二人は波の中でしっかり抱きあうと、そのまま海の底に沈んでしまいました。