むかしむかし、大変縁起を担ぐ長者がいました。
ある大晦日の晩、長者は下男を呼んで言いつけました。
「明日は正月だから、早起きして若水(わかみず)を汲んでおくように」
すると下男は、首をかしげて言いました。
「はて? 旦那さま、若水とは、どんな物でしょう?」
「なんじゃ、お前は若水を知らんのか?
いいか、若水というのは新年の最初に汲む水の事で、病気や災いなどの邪気を追い払うと言われておる。
この家では代々、川に塩をまいてお清めしてから汲んでおるのじゃ。
わかったか?」
「へえ、わかりやした」
夜が明けて、正月の元旦になりました。
「よーし、若水を汲むぞ!」
下男が張り切って外に出ると、外は昨夜からの雪が降り積もって足のすねまで隠れる大雪でした。
「困ったな。こんなに足下が悪くては、川にはまってしまうぞ」
どうしようかと考えていると、ちょうど田んぼのふちから水が出ているのに気づきました。
「よし、あれがよかろう」
こうして下男はその水を汲んだのですが、その様子を女中が見ていて長者に知らせたのです。
「旦那さま。ただいま戻りました」
下男が長者に挨拶をすると、長者は怖い顔で下男をにらみつけました。
「こら! お前、今、何をしていた!!」
「何って、旦那さまに言われて、若水を取りに行った帰りですが」
「何が、若水だ!
女中から聞いたが、お前は近くの田んぼの水を汲んだそうじゃないか。
この、あほう!
新年早々、縁起でもない!
ええい、お前みたいなやつは、この屋敷には置いておけん。
今すぐ、出て行け!」
長者はカンカンになって怒りましたが、下男はけろりとした顔で言いました。
「旦那さま、それは考え違いです。わしは縁起が良いと思い、田から来る水を汲んで来たのです」
「どこが、縁起が良いんじゃ! よりにもよって、若水を田んぼから汲んでくるなんて!」
「いえいえ、そうじゃありません。旦那さま、いいですか? 田から来る水は、つまり、宝来る水です」
「うん? 田から来る水は、宝来る水?」
長者はしばらく考えていましたが、ようやく意味がわかって、ポンと手を叩きました。
「おお、そうか。
田から来る水は、宝来る水。
つまり、お宝が来る水という訳か!
うむ、確かにこれは、縁起の良い若水じゃ」
縁起を担ぐ長者は大喜びで、下男にたくさんのお年玉をあげました。