むかしむかし、岐阜県高山市の大萱(おおがや)と呼ばれるところに、清次郎という若い木こりがいました。
清次郎の妻は病気だったので、清次郎は薬代を稼ごうと朝早くから山へ木を切りに行ったのですが、気が付くと日が暮れて家に帰れなくなりました。
「仕方ない、今日は山小屋に泊まるか」
清次郎は近くの山小屋へ行くと、たき火にするためのたきぎを拾い集めました。
するとその時、池の土手に見慣れない女の人が立っていたのです。
(どうしたのだろう? 泣いている様子だが、夫婦喧嘩でもして山にやってきたのか? ・・・いや、これはひょっとすると、話に聞いた古ダヌキかもしれんぞ。この山の古ダヌキは、人に化けるのが得意だというしな)
そう思った清次郎は女を無視して、小屋へと戻りました。
そしてたきぎをくべていると、小屋の外から女の声がしました。
「すみません。すみません」
(そら、きたぞ!)
清次郎が小屋の戸を開けてみると、さっき池の土手で泣いていたあの女が立っていたのです。
「すみません。外は寒うございます。どうか中に入れてください」
「・・・・・・」
清次郎は無言で女を小屋の中へ入れると、用心深く女を見つめました。
もし女が変な動きを見せたら、手に持ったたきぎで女を殴り殺すつもりです。
それに気づいたのか、女は清次郎に頭を下げると自分の正体を明かしました。
「清次郎さん。実はわたしは、この山に住むタヌキです。あなたさまにお願いがあってまいりました」
「やはりタヌキか。・・・それで、願いとは?」
「はい。あなたさまが、この山の木をどんどん切ってしまわれるので、わたしと子どもたちの住む所がなくなってしまいました。
そこで、この山を越えた土岐川(ときがわ)の向こうに移り住みたいと思います。
けれども、わたしたちタヌキは、川をわたることが出来ません。
どうぞ、わたしたち親子を川むこうに運んでいただけないでしょうか?
もし、お願いを聞いてくださるなら、お礼に、あなたさまのお嫁さんの病気を治してあげましょう。
そしてあなたさまを、大工の棟梁(とうりょう)にしてさしあげます」
女はそう言って、もう一度頭を下げました。
「そうだったか。わかった。妻の病気を治してくれるのなら、その頼み喜んで引き受けよう」
清次郎が約束すると、女は帰って行きました。
次の朝、清次郎が山小屋を出るとタヌキの親子がいたので、清次郎は約束通りタヌキの親子を川向こうに運んでやりました。
そして清次郎が家に帰ってみると病気で寝込んでいたはずの妻が起き上がるまでに回復しており、三日もすると妻の病気はすっかり治ってしまいました。
そして清次郎も木こりの腕がますます上達し、数年後には大工の棟梁になることが出来たのです。
その事があってから、木こり仲間は清次郎の事を『タヌキの清さ』と呼ぶようになったそうです。