むかしむかし、ある山に一匹のキツネが住んでいました。
このキツネ、時々村へおりてきては、三本松(さんぼんまつ)のあたりで人を化かすのです。
ある日の事、百姓がこのキツネの事を話していると、そこへ旅の侍が通りかかって、
「そんな野ギツネの一匹ぐらい、拙者(せっしゃ)が退治してくれるわ」
と、毛だらけの太い腕をまくって言いました。
この侍、かなりの腕自慢のようです。
侍が三本松で待っていると、きれいな娘が一人、山の方から歩いてきました。
「ややっ、ついに出たぞ」
侍が用心すると、娘は侍のそばへ来て、
「わたしは村まで行く者のですが、時はもう夕方。ぶっそうなので、お侍さま、どうかわたしを村までお連れくださいませ」
と、きれいな声でいいました。
でも侍は、
「何をぬかす。このドギツネめ! 拙者が見破ったからには、逃げしはせんぞ!」
と、つかみかかりました。
すると娘はニヤリと笑って、今度は若い商人に姿を変えました。
「わたしは、江戸の者でございます。どうも一人旅というものは、さびしいものでございます。お侍さま、どうぞ旅の道連れになってくださいませぬか」
「なにっ! お前はさっきのキツネじゃろう。拙者をだまそうたって、その手はくわぬぞ!」
キツネは見破られて、今度はおじいさんに化けました。
それも見破られると、おばあさんに。
おばあさんも見破られると、お坊さんに。
お坊さんも見破られると、キツネは。
そしてついには化ける者がなくなったのか、とうとう野ギツネになってしまいました。
侍は、大笑いしながら、
「わはははははは。ついに正体を現しおったな。このドギツネめ。生け取りにしてやるわ」
と、両手を広げて追いかけました。
キツネはむちゅうで逃げますが、侍はキツネの尻尾をつかまえると、
「えいや、えいや」
と、引っぱります。
キツネはしきりに、
「ココン、ココン」
と、泣いてあやまりますが、
「いくら泣いたって、ようしゃはせんぞ」
と、侍は両手に力をこめて、グイグイと尻尾を引っぱります。
すると、
スポーン!
と、大きな音がして、キツネの尻尾が抜けました。
「コンコーン!」
尻尾の抜けたキツネは、泣きながらどこかへ行ってしまいました。
「逃がしたか。まあいい。化けギツネの尻尾とは、いいみやげができたわい」
するとその時、
「お侍さま、何をなさる!」
と、お百姓が目をつり上げながら現れました。
お百姓は、侍の手にある物をひったくると言いました。
「悪さするのも、いいかげんにせい。何でおらが畑のダイコンを抜いたんだ」
「へっ? ・・・ああっ! 尻尾がダイコンに化けた!」
キツネを退治しようとした侍は、すっかりキツネに化かされてしまったのです。
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