むかしむかし、あるところに、貧しいバイオリンひきのおじいさんがいました。
おじいさんが若い頃は、この町の人気者でした。
バイオリンをひきながら美しい声で歌を歌うと、たちまち人が集まって来て、たくさんのお金を投げてくれたものです。
でも今では、おじいさんのバイオリンを聞いてくれる人は誰一人いません。
おじいさんはペコペコのお腹をかかえながら、町はずれの小さな教会へ行きました。
おじいさんは中へ入ると、マリアさまに言いました。
「マリアさま、わたしのバイオリンを聞いてくれる人は、もう誰もいません。せめてマリアさまだけでも、お聞き下さい」
おじいさんは心を込めてバイオリンをひき、歌を歌いました。
むかしと少しも変わらない美しい声が、教会の中に響きます。
するとおじいさんの目の前に、ポトリと、マリアさまの金のくつが片一方が落ちてきました。
「ああ、ありがとうございます。お優しいマリアさま」
おじいさんは涙を流して喜ぶと、そのくつを近くの店へ売りに行きました。
ところが店の人は、ボロボロの服を着たおじいさんを見て、このくつは盗んだ物に違いないと思いました。
そしておじいさんは、役人のところへ連れて行かれました。
「わたしは盗んでいません。これは、マリアさまから頂いた物です」
おじいさんがいくら言っても、役人は聞き入れてくれません。
「このうそつきめ!」
「よりにもよって、教会の物を盗むなんてとんでもない!」
役人はそう言って、おじいさんに死刑を言い渡しました。
次の日、おじいさんは町はずれの広場へ引かれて行きました。
そして町はずれの小さな教会の前に来た時、おじいさんが言いました。
「最後のお願いです。もう一度だけ、マリアさまの前でバイオリンをひかせてください」
「いいだろう」
おじいさんはマリアさまの前に行くと、ゆっくりとバイオリンをひき始めました。
バイオリンの美しい音色が、教会に流れます。
それに合わせて、おじいさんは心を込めて歌を歌いました。
「ああ、何てきれいな声だろう」
町の人たちは、うっとりと耳を傾けました。
すると、その時です。
マリアさまの足が動いたかと思うと、残っていたもう一方の金のくつが、ポトリと、おじいさんの前に落ちたのです。
「あっ!」
みんなは、いっせいにマリアさまを見上げました。
マリアさまは、いつもと変わらないやさしい顔で立っていました。
やがて町の人たちは、おじいさんのバイオリンに合わせてマリアさまの歌を歌いました。
こうして、おじいさんは死刑にならず、町の人々からとても親切にされたそうです。
~オーストリアの昔話~