はーい、こんにちは!!わらびーちゃんママから、ハムンダー女将にアセンションした、さとやんです(*^_^*)
さて前回、国立の中学に抽選で合格した話、そして家も抽選で購入権利をGETした話をしました。
それが運が良かったのか、そうでなかったのか・・・運の話もしました。
これから、抽選で運命が決まった、中学時代のお話をしたいと思います。
当時、乗り物酔いが激しい体質だったにもかかわらず、片道1時間30分ほどかけての
通学が始まりました。最初のころは、通学途中でもゲロゲロやっていたのですが、
今、そんな人ってあまり見かけないですよね(*^_^*)
もちろん誰一人友達がいない学校へ、遠くから通い始めたころは
周りの人みーんな、とても賢そうに見えたし、きっと、すごい人ばっかりなんだろうなぁ・・・って、
ちょっと緊張気味で新一年生が始まりました。
田舎から出てきた田舎者だったわたしは、気遅れ気味だったけれど
通学方面が一緒の先輩が、みんなとても親切でかっこよかったんです(*^_^*)
年上の人への憧れ意識が芽生え始めたころですね。
入学した最初の女性の担任の先生とは、波長が合わず
やたらと、反抗的な態度を見せていました。
あるとき、クラスの男の子の財布がなくなりました。
電車が1時間に1本しかないため、時間を待っている間ひとりでクラスに
残っていた時間帯があり、最初に先生から疑いをかけられました。
もう、アリバイとかそんなものもないし、親にも連絡がいき
親からも詰め寄られるし・・どう、言い訳しても事実を証明できない悔しさを感じました。
その時、「あきらめる」というのか、抵抗しても無駄だ・・・
「どうぞ、勝手に好きなようにして下って結構です!!!」
という風な、ふてくされた思いがむくむく湧いてきました。
うまく言い繕えない自分も、腹立たしかったけれど
女教師に対しての反抗心が、やたらと強かったのを覚えています。
その頃から、反抗期が始まり言い訳をすることがめんどうくさい!!って
思うようになっていきました。
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その頃、6歳上の姉は高校3年生で、卒業間際だったのですが
別の学校の男の子と家を出ていってしまいました。
家にいるのが辛かったんだろうなぁって、今ではそう思えます。
でも、当時は、世間から「わたしは、いい学校で優秀な子」として、
「姉はできの悪い連れ子」というレッテルが張られているようで、
なんか、自分の努力に関係なく人生って不平等だなぁって感じていました。
そしていつも父は、母をバカにしていました。
その態度が嫌だったし、母はいつも怒っていました。
それが「あたりまえ」だったんですよね。
今でこそ、何が一番大事なのかがわかるし
どのようにしていけば、みんなが仲良くなるかもわかるし、
どのようにしたら、みんなが「しあわせになるか」もわかります。
どうして、両親はそのことをもっと知ろうとしなかったんだろう・・
どうして、もっと「しあわせになろう」ってしなかったんだろう・・・って
思います。そんな時代だったのかもしれませんね。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
愛と光と感謝∞さとやん(*^_^*)