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月のねこさんのブログ

(=^ー^=)ノ   

とても気まぐれな ブログです。   

気長におつき合いください

久しぶりに書いております。




昨日は、金木犀の香り漂うなか出勤しました。


ちょっと気にかかることがあり、早めに行ったのですが、

予感的中で『あー😥やっぱりか』という気持ちで仕事スタート。



まぁ、忙しい事といったら・・・🤨


怒涛の一日でした




私はこの日曜日出勤が嫌い。

いや、大嫌い。


理由は、

一人勤務なのにやることがとにかく多いし、忙しいのにあれこれ頼まれて休憩時間確保もままならないから。



朝、

ただでさえ『この作業は一人では無理~』と涙目でやってるのに、職員さんがやるべき仕事(片付け)が終ってないまま放置されてて、

『これは私にやれってこと?』とモヤモヤ。


だってこれが片付いてないと、私がやる後仕事が出来ないんです。



とりあえず放置して本来の仕事を終わらせた時、一時間経ってたんですが、まだそのままでした・・・。


この時点で、後仕事が午前中に終わらない事確定に。

怒りのまま片付けましたわ😠


他にも、汚れたものをそのままに置いてあったので二度洗いが必要だったりとか。


休み時間も気力も削られるんで本当に無理。


正社員になりたくない理由はこういうところだよ。




先月、2月入社の方が辞めてしまいました。


今、同職種でフルタイム週5で働いているのは、私を入れて4人です。


早番がないけど、遅番は容赦なく入っていますので、月に6~7回遅番があります。

出勤日ベースで、日勤2日遅番1日でまわってくるのです。



異常です。


過去に同様な仕事を他社でもしていましたが、だいたい遅番は月に4~5回くらいでしたよ。


しかも土日祝休みだったし。


ここは・・・仕事が多過ぎてキツい。



募集しても人が入って来ないそうですが、今働いている人間も年齢的に10年もしたら確実に全員辞めてます。


働き方改革も大事だが

貴重な働き手を大事にして欲しいわ



機械化したり、外注したりすれば?と提案しても

コストが~   とか云われて却下されます。


汚いものを扱う仕事や、手間を減らせばいいのに


実際、私もここに入った時

『え?サクションがディスポではないの』とか『パンウォッシャーが無い』とかいう驚きしかなかったよ。






10月にこれしたい

 

 それは・・・


コレステロール値を下げたい。


なんやかんやで、ずっとコレステロール値が基準値よりちょっと高めで


それは高校生の頃に、初めて献血したときからずっとなんです。


大人になると職場で健診が毎年ありますが

毎回『高脂血症です』とか『再検査』と書かれてて

毎回医者に行くのですが、ずっとなので『経過観察』で終わっています。


サプリとかでなんとかなるものでしょうか?


また今年も、いつものようにちょっと高めでした。


また医者に行かねばと思うと、憂うつです。

 

 

 

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6月に高野山に行った。

 


高野山に縁を繋いでくれたのは、亡き曾祖母だと感じている。

 

それも50年の時を経て・・・

 

 

 

私が生まれた時には、既に祖母にあたる人はいなくて、私にとって「おばあちゃん」は曾祖母。

 

 

 

 

まだ幼稚園児だった頃、曾祖母が私と兄・弟を連れてバスに乗って出かけた場所は・・・

 

曾祖母が『お大師さま』と言っていた場所

 

 

 

はるか昔の記憶だが、おそらくこの辺りかと思われる場所をググってみたら・・・なんと、ちゃんとありました!(バスで30分くらいの隣の市なのに!私の記憶力すごくない?)

 

 

とあるバス停で降りて坂を上って石段を昇り、鳥居をくぐって・・・ん?神社か?

 

と思ったところから、集会所のような水色の屋根の建物に入ったのは覚えている

 

 

 

 

恐らく何かしらの祈願に行ったのだと思うが、お経だか念仏のようなものを唱える人達に圧倒されて、お行儀よくかしこまって座っていたら、その後で水の入ったコップに小さな紙の御札を浮かべて飲まされたのも覚えている。   

 

 

その御札

 

 

高野山の奥の院でお守りとともに置いてあった千枚通をみて

『これだった!』と、一瞬で色んなことが繋がった。

 

あの時代、高野山の奥の院まで行って千枚通を受けてくるのは大変だったことだろう。

また、ひ孫達の健康祈願のためにお大師様のところまで私達を連れて行ってくれた曾祖母も、当時すでに癌の治療中だったはず。

 

 

あぁ、そうだった。

曾祖母は信心深い人だった。

 

 

けれど、その曾祖母が再度入院したことで、我が家は大変な時期にさしかかった。

しかも約3年もの間。

 

 

その時の辛い記憶が、私の今の仕事を選ばせた。

今の仕事の契約期間も3年。

 

え、これって

こんな壮大な伏線だったの?

 

そう思わずにはいられないほどの奇遇さ



曾祖母の壮大な愛を


これだけの時を経て知るなんて



ありがとう。おばあちゃん。


 


 



不思議だけれど

自分の天命のようなものは、生まれながらに決まっている気がしている


自分が選びとってきた人生と思ってたけど


導かれてきた人生だったのかもしれない