6月に高野山に行った。
高野山に縁を繋いでくれたのは、亡き曾祖母だと感じている。
それも50年の時を経て・・・
私が生まれた時には、既に祖母にあたる人はいなくて、私にとって「おばあちゃん」は曾祖母。
まだ幼稚園児だった頃、曾祖母が私と兄・弟を連れてバスに乗って出かけた場所は・・・
曾祖母が『お大師さま』と言っていた場所
はるか昔の記憶だが、おそらくこの辺りかと思われる場所をググってみたら・・・なんと、ちゃんとありました!(バスで30分くらいの隣の市なのに!私の記憶力すごくない?)
とあるバス停で降りて坂を上って石段を昇り、鳥居をくぐって・・・ん?神社か?
と思ったところから、集会所のような水色の屋根の建物に入ったのは覚えている
恐らく何かしらの祈願に行ったのだと思うが、お経だか念仏のようなものを唱える人達に圧倒されて、お行儀よくかしこまって座っていたら、その後で水の入ったコップに小さな紙の御札を浮かべて飲まされたのも覚えている。
その御札
高野山の奥の院でお守りとともに置いてあった千枚通をみて
『これだった!』と、一瞬で色んなことが繋がった。
あの時代、高野山の奥の院まで行って千枚通を受けてくるのは大変だったことだろう。
また、ひ孫達の健康祈願のためにお大師様のところまで私達を連れて行ってくれた曾祖母も、当時すでに癌の治療中だったはず。
あぁ、そうだった。
曾祖母は信心深い人だった。
けれど、その曾祖母が再度入院したことで、我が家は大変な時期にさしかかった。
しかも約3年もの間。
その時の辛い記憶が、私の今の仕事を選ばせた。
今の仕事の契約期間も3年。
え、これって
こんな壮大な伏線だったの?
そう思わずにはいられないほどの奇遇さ
曾祖母の壮大な愛を
これだけの時を経て知るなんて
ありがとう。おばあちゃん。
不思議だけれど
自分の天命のようなものは、生まれながらに決まっている気がしている
自分が選びとってきた人生と思ってたけど
導かれてきた人生だったのかもしれない











