秋の深さもたいがい田沢湖といい勝負になってきました。
前回はATRの灯火に着目しましたが、今回は急にデカくなって777の話です。凄まじくファンが多いのであまり適当なことを言うと各所から怒られそうであまりこの機種には触れてきませんでしたが、今回は僭越ながら777に焦点を置きたいというところであります。
1.飛行機を見分けるということ
少なからぬ飛行機ファンがその経験上通る道が「機種の見分け方」だと思います。
そしてそこがある程度わかる人がつまずくのが「同じ型式の別モデル」の識別です。
777自体は言わずと知れたボーイングの大型機で(場合によっては中型機扱い)、その概要を細かく紹介する必要は今回はないでしょう。そしてその躓きやすいモデル別ですが、これももう敢えてここで申し上げるまでもないでしょうが、そもそもサブタイプとして、
<-200系統>
①-200
②-200ER
③-200LR
④-F
<-300系統>
⑤-300
⑥-300ER
の2系統6タイプがあります。現在は777-300ERと777Fしか製造していない状況です。
見分け方のわからない機種を本で調べて見比べたり、あるいは「〜と〜 見分け方」なんてググったことがある人もいるかもしれません。世の中非常によくモノを見ている人がいて「ココとココで見分けられます!」なんて書いてあります。感心なものです。
他人事みたいに書いた矢先で恐縮ですが筆者もそういうのが好きなので、あれこれ調べてそれがどの機体にも適用できるのか調べたりして来ました。
例えば767-300/-300ERなら、
・FWDカーゴドアのサイズ(大=ER)
・フューエルダンプノズルの有無
・ウイングレット
などが挙がっていました。
ウイングレットは後付け可能なことを考えると、ついていればERだがついてないのは識別できないことになり、少し不十分ですよね(確実にERだけを洗い出すなら有効)。
その他の項目は製造リストで古い順に全機画像検索をかけて確実度の調査を行いました。
その結果、
・FWDカーゴドアの大きい非ERもいる、小さいERもごく少数いる(現在は「いた」が正しい)
・フューエルダンプは初期のERにはなく、かつ後付けが可能
という結果を突き止めました。
なので正確に言えば「これさえ見れば100%OK!!」というやり方はないというオモシロくない結論に至りました。
ただフューエルダンプノズルがなかったのは1980〜90年代のかなり初期ということもあり現在ではノズルのないERなぞ生き残っていないはずです。いたとしても相当な外れ値なのでその時代的背景を踏まえればノズルが1番の識別点ということになります。
長ったらしい結論に至るとて、なんとか地道にやれば突き止められるのがいいところです。
とにかく書いてあることを前提にして自力でフィードバックを掛ければその識別法の強度まで自ずと見えてくると言う話です。
情報の受け手たるもの、ただ受け取る立場にあぐらをかかず自分で咀嚼していくとより味のしみた覚えとなるのではないかと思います。
2.本題、-200/-200ERの識別
大いに話が逸れてしまいましたが同型式別モデルで識別が易しいのは773・77Wでしょうか。
エンジンのサイズが大きく異なるのを第一に、主脚・翼端の設計も改良されていることから慣れればひとめでわかるようになります。
そして難易度が著しく高いのが他のモデルで言えばA321-100/-200、そして777では今回取り上げる777-200/-200ERでしょう。
どちらも燃料搭載量を改善し航続距離を延ばしたモデルです。特に前者は-100でも燃料タンクを追加する改修によって-200化できるなどのコンバーチブルな性格を備える厄介さもあって手が出せません。未だに識別可能なのか、筆者は知りません。
反面777の方はコンバージョンができないとはいえ、-200ERは燃料タンクの増設がされただけで外観上の違いはない、とされてきました(筆者が経験上見て来た限りでは)。イカロス出版によれば確かに外寸は全く同じ(*1)で、他の777派生型で識別点となる主脚構造、翼端は両者同一であることが尚更識別を困難にしています。⚠️そこそこの頻度で「レイクドウイングチップがあったらER」という言説を見かけるが、これは-300に対する-300ERとの識別点または-200LRを-200ERと取り違えたことによる誤りであろう、全くの間違いである。
しかし燃料系統に差異があって外見がまったく同じということはあるのか?と独自に-200や-200ERを特に主翼・燃料系統付近にフォーカスして見比べました。かれこれ7~8年かけて主翼の設備(とその数の差がないか)や塗料から差異を見出そうと試みましたが、あまりにもうまくいかず、そこでこの問題に決着をつけるため福岡に赴き、ディテールを回収することにしました。...ほんとうは別目的で行って現地で思いついたんですけどね。
今回はアンテナ系統は全く見ていませんが、これはそれこそ識別点にならないことが筆者の調べによって判っている。
その結果、-200だけの特徴を炙り出すことに成功し、盛っていうならば、これまで外見上の識別が不可能・見分けることはできないと言われてきた定説をひっくり返すことに成功したのです。
今回素材にしたのはどちらも全日空の777で、非ERにはJA713Aを、ERにはJA717Aにご登場賜りくまなく右面を観察する機会を得ました。普段右面は近くで見る機会がないのでありがたいチャンスです。
←JA713A JA717A→
JA717Aの方が後に来たのですが、同じようにディテールを回収しようとして首を捻りました。
フェアリングが何か物足りない。
多分首の捻りは90°に迫っていたんじゃないかと思いますが、幸い頭が捻り取れる前に違和感の原因を突き止めることができました。
筆者の確認したところでは、JA713Aの翼胴フェアリング(Wing-to-Body Fairing)の近くにあった注意書きがJA717Aからは無くなっていたのです。
このフェアリングはまさしく燃料タンクに近く差異があってもおかしくありません。
運よくJA713Aのこの箇所をアップで撮っていたのでそこを拡大してみると、「穴」と注意書きを読み取ることができました。
"Center Wing Dry Bay Vent"
これがその穴の正体でした。はて、Dry Bay(ドライベイ)とはなんだ。おそらく燃料タンクのうちの燃料の入らない区画だろうと思ったのですが、おおかたそれでよかったそうです。
ではこれが何を意味するか、察しの鋭い方はお気づきでしょうが、これが差異のポイントとして最も疑わしいのです。
通常航続距離延長モデルで燃料タンクを増設するとなると、胴体内部にタンクを増設することになります(主翼は元からタンクなのでね)。その関係でVentが移されたか、またはなくなったと考えるのが妥当なのです。
これはTwitterにブン投げたのと同じ図です。ベントがないことがお分かりいただけるであろうか。
実際に777-200と-200ERでは燃料タンクの配置はどう違うのか。信頼できる文献をあたり、1件の報告書にたどり着くことができました。シンガポールの航空当局が公表したAIR TURNBACK DUE TO FUEL DISCREPANCY(=搭載燃料不一致による離陸後引き返し事案)の報告書(*)で、これによれば、
原文:The left and right wing tanks of both models had approximately similar capacity. However, the centre tank of Boeing 777-200 was much smaller than that of Boeing 777-200ER because the former included a large dry bay (see Figure 1) and the difference was about 40.5 tonnes.
筆者訳:両モデル(筆者注;-200/-200ERのこと)で左右主翼の燃料タンク容量は概ね同程度であった。しかしボーイング777-200のセンタータンクはそこに大型ドライベイ(図1を参照されたい)があるために同777-200ERのそれよりも格段に小さいものであり、両者の(筆者補足;燃料搭載量の)差異は約40.5tであった。
続いて示された図をもとに、筆者が作成した燃料タンク配置図を示します(写真、図は筆者作成、タンク配置は報告書の図を基におおよその範囲を着色)。
当局が示した図によれば、センタータンク容量が小さいぶん燃料の入らない区画(=ドライベイ)が多分にあり、-200ERからはこのセンターエリアのドライベイ(これがCenter Wing Dry Bayでしょう)がなくなっていることが伺えます。ここから推測するに、推測というかおよそ自明に近いですが、ドライベントがない以上、当然ドライベイ・ベントは無くなる、という理屈が成り立つわけです。
この報告書はこの記事の末尾にリンクを貼りますので、全英語ではありますが機会を見て参考にご覧ください。
リンク切れの際はご容赦ください。
では、この法則はすべての機体に適用できるのか、一旦日本の機体に限って確認することにしました。
すると、全日空、日航、JASとすべてにこれが通用することを確認しました。
筆者はかつて使っていたカメラが光学200mm前後しかなかったこともあって鮮明に写っているものはほぼありませんでしたが、各機の機番を検索・参照することでこの結果に行き着くことができました。
撮ってあったものでいくと、
←JA705A(非ER) JA745A(ER)→
こちらもベントの有無が確認できます。
←JA8984(非ER) JA702J(ER)→
日航も例外なく通用します。
↑JA009D
JASはERを持たなかったので比較はできませんが、その全機にベントがあることを確認しました。
またエンジンが不問であるかはJetphotosにおいて当該エンジンを装備した機体をサンプルとして1機ずつ抽出・サーチ、非ERのGE90・PW4000・Trent800の3モデルに共通してベントがあること、ERでは同じくベントがないことを確認しました。全ての機体に適用できるかは現在調査中ですが、詳しくは「終わりに」にて記します。検証性確保のために、参照リンクを貼っておきます。
・サンプル
<非ERの部>
GE90 https://www.jetphotos.com/photo/9761836
PW4000 https://www.jetphotos.com/photo/1176459
Trent800 https://www.jetphotos.com/photo/9914446
<ERの部>
GE90 https://www.jetphotos.com/photo/11883182
PW4000 https://www.jetphotos.com/photo/909628
Trent800 https://www.jetphotos.com/photo/8824287
日本での777運用史に詳しい方であれば何を今更という話ですが、全日空の初号機JA8197は777の生産本当に初期組の一部であり、日航の最終号機JA773Jは非ERの最終号機です。つまり777-200の最初と最後が日本にいたわけで、それで先ほど日本の機体に関しては全機この法則が通用すると申し上げたところから分かる通り、非ERはすべてベントがあるという仮説が成り立つわけです。
200ERもその最終号機を隣国の韓国アシアナ航空が運用していて、こちらもベントはありません。つまりこちらもERはすべてベントがないという仮説が成り立つわけです。
このドライベイ・ベント識別法は調べた限り他に触れた人がいないので、こちらでその強度(完全性)を確かめなければなりません。
途中述べたように、日本で運用されている/されていた777-200/-200ERについては、すべてこの識別方法が適用できました。
しかし可能性として非ERなのにベントがなかったり、あるいはその逆という可能性は否定できません。本当は製造リストを手に全機をこの目で見なければなりませんが、いくらなんでも非現実的ですから、せめてJetphotosなど機番が判読できる写真で1機1機確認することになります。しかし機数があまりにも多いために確認に時間がかかっています。
確定次第、この記事に追記します。
もしこの仮説が正しければ、このベントで777-200/-200ERは見分けられるということになります。
3.最後に
この判別法、いくつか欠点があります。完全性はまだ検証途上なのでおいておくとして、
・小さい
・右側のみ
という問題を抱えます。つまり遠目から、あるいは左からでは現状識別できないということになります。
よって、「機番見た方が早いじゃないか」「遠くからじゃ(左からじゃ)無理なのか」と言われると、それは至極ごもっとも、と大いに頷かなければなりません。筆者だってレジ屋なのでレジの方が一発でわかります。要するに、見分け方としてこれを挙げるのはちょっと適してないんですね。
が、今回は実用性がある識別法とかそういうことが目的ではなくて(もちろんそうであればよかったけれど)、「区別不能」と言われていたモデルが実は区別可能だった、というところに重きを置いているわけです。
レジ見れば分かる、それはそう。でも両者同じですか、と言われたら、これが今までは「そう一緒ですよ」と言っていたところ、「や、実はあるんですヨ」に変える事ができた、これが今回の調査の目的・結果なのです。
何かすごい熱く言っちゃってますが、まだ検証は途上、固そうな仮説ができたという段階です。ひとまず、仮説すら立たなかった壁は破壊する事ができました。とはいえ筆者も整備士なわけでもないので、実はもっと簡単でわかりやすい違いがあるかもしれません。これに安心しないで、またなんかあるんじゃないかと探し続けたいところです。
<引用・参考文献>
(*1) イカロス出版「日本の旅客機2018-2019」p.58 (2018)
(*2)Transport Safety Investigation Bureau Ministry of Transport Singapore "FINAL REPORT BOEING B777-200ER, REGISTRATION 9V-SVC AIR TURNBACK DUE TO FUEL DISCREPANCY 16 APRIL 2014" (2018) P.7-8 -2025.11.26閲覧











