花粉症は
人の因果応報か……?
いまや日本人の二人に一人が花粉症(またはアレルギー)である。
そこで「花粉の少ない杉を増やそう」というわけだ。
三月十五日はその活動の三年目として新城市塩瀬財産区内長平地区〇・七ヘクタールに「東加茂二号」というウラ杉系の品種五五〇本を植えることとなった。
戦後、日本では全国で「拡大造林」という住宅用材の大量生産のための杉・桧・松など針葉樹による大規模な植林・人工林づくりが行われた。
ここに二つの問題が生まれる。
一つは植林にあたって成長の早い、従って花粉を幼生期から出すオモテ杉系品種を選んだこと。
もう一つは植えた木が育つ頃に国産木材価が輸入木材価に負けて下落し、間伐などの手入れがコスト割れでやれなくなったことで人工林が至って不健康な環境となり、杉や桧が生命存続の危機から大量の花粉を出さざるを得なくなっていること。
花粉症の原因については諸説あるものの、以上二つはとりあえずの事実、要因としてまず言えることではないだろうか。
つまり花粉症は木自体の問題なのではなく、人間の欲望と経済活動の結果である。
エネルギー過剰消費による地球温暖化もそうであるように、人が自然への畏敬(おそれうやまう)を忘れ、自らの目先の利にかられて突っ走ってしまった結果、こういうことがもたらされた、ということなのだろう。
自業自得、自縄自縛、起承転結、因果応報……
昔の人のくらしと
心情を思う
急傾斜のガレにしがみついての植樹はなかなかのものであったが、この植樹地に辿り着くまでの五〇〇メートルの登山(?)もなかなか。
獣道かと思ったら、これがかつては「塩瀬街道」という旧鳳来町から新城へ抜ける大切な近道と聞いて驚く。植樹地から少し上がったところを「鍋掛峠」と言い、かつて夜道を帰る人がこの峠からふもとの我が家に提灯を振り、これを見た家人が夕食支度の鍋を火に掛けたことから名付けられたとのこと。
真暗闇の夜道、旧い暮らしの有り様と人の情愛、昔の人の健脚に一瞬想いを馳せ、我が身のだらしなさを振り返る。コレだよなァ……
傾斜地に苗木を植えるには、傾斜地の土を大きく削って、いわば苗木の育つ「畑」をつくるべし。
ここへしっかり植えておけば、雨で流されることも少ないとのことだ。
一本一本、苗に「しっかり育てよ」と声を掛けて植えていく。
これからの「花粉の少ない森づくり」……
いくらウラ杉系といっても、単一品種を植えつづけていっては同じテツを踏むことになりかねないとも思う。
複数の品種との混植を心がけるべきだろう。

