1992年にセブ・マクタン島に土地購入し
複数の問題に直面しながらも
家は出来上がった・・・
そしてその年の8月に再び”渡セブ”して
台所・CR・フェンスを仕上げながら
神父を呼んでブレッシングすると云う・・・
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おはようございますHamreyです
先日の記事で「釘の上からパテを塗る」と書きましたが
”専門家”から指摘があり調べてみますと
ネットで拾った画像
コーキングかシーリングの様でした・・・
(この二つの違いは何でしょうか…!?)
さて、屋根塗装の方ですが
暑い中を忠実に上から順に塗って往ったが
ドライバーの嫁妹Am婿が降りれなくなった・・・
(昇降用梯子は1個ダケ…)
ワイが塗り終わってから梯子を移動して
奴を救出するまでの数分間は
灼熱のトタン屋根の上で座って待つ・・・
えっ座って・・・!?
ネットで拾ったイラスト
当然の様に奴のケツには赤茶けた
錆止め塗料が付着している・・・
まぁ~トタン屋根の凸部分は乾いているので
凹み部分の縦線ダケが
ネットで拾ったイラスト
ぼんやりと付いていた・・・
(31年を経て”ネタ”となったので感謝…)
救出後にその部分は再塗装・・・
そして反対側は梯子を移動してになるが
暑いので昼食後であろうか・・・!?
取り敢えずワイは(-。-)y-゜゜゜であるが
奴は日本土産のツナギを脱いで
洗濯をしているが油性なので無理だろう・・・
(汚れは作業着の代名詞であろう…)
さて他の作業だが
お喋りをしながらも進んで居たので
先ず先ずであろう・・・
尊な中でそのお喋りを聞いてみると
ドライバーの弟Vtの”イジリ”であったが
Vt自身が”ベンジー”と呼んでと云っていた・・・
勿論尊なアメリカ的なカッコ良い呼び名には
相応しくないネイティブ風貌であるVtを
誰もが無視をしていた・・・
尊な中でツカツカと忍び寄ったワイが
”ベンジー”と声を掛けると皆の大爆笑となる・・・
それ以降ワイの中ではVtの呼び名は
”ベンジー”となって往く・・・
そしてその旨を娘M子に伝えた処
やはり大喜びで”ベンジー”となった・・・
(今は忘れているだろうが…)
更に昼食後の談笑休憩時にも
ベンジー”イジリ”は続いていたが
今度は仕事柄の事であった・・・
ベンジーはジプニー・コンダクター(車掌)として
ネットで拾った画像
従事しているのだがその日の売り上げの
10%ほどがベンジーの取り分となる・・・
(1日5往復マクタン⇔セブで約100P≒500円…)
損なワケでもっと稼げる職業に就きたいというが
フィリピンでは医者(ドクター)か弁護士(ロイヤー)が
代表格である・・・
(勿論、教養・金・コネは必要…)
三拍子揃ってこその職業なのだが
ベンジーには何一つ備わっては居なかった・・・
だが既に”ドクター”であるという者が居た・・・
”コンドクター”だと・・・
*フィリピン・ビサヤ地方のネイティブな発音では
コンダクターをコンドクトルという・・・
更にドクターの事をドクトルとも云う為だった・・・
要は”駄洒落”でありました
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それから25年が経ってその駄洒落を言ってみたら
一時的だが盛り上がった・・・
その”ボケ・イジられ役”のベンジーだが
現在は甥のRoがを継いでいる・・・