神奈川県川崎市の登戸で起きた通り魔事件に関連して、ある議論が湧き上がりました。それは「他人を巻き込まないで一人で死んで」「それは、次の事件の誘発になる」といったものだ。以下の記事は、朝日新聞のものだが、この議論を簡単にまとめている。

 

 たしかに、他人を巻き込んだ「拡大自殺」という見方も出てきていますから、被害者からみれば、「死にたいのがどうしようもないなら、せめて、他人を巻き込まず、一人で死んで」と言いたくなるのもわからなくもありません。殺された側からすれば、容疑者の意図も、彼自身の物語も何もわからないまま、そして、なぜ、自分たちが狙われたのかもまったく知らないまま、殺されていったのですから。仮に、彼自身の物語に「カリタス小学校への恨み」があったとしても、殺された側とは直接、関係ないことでしょうし、まったく納得はいかない。

 

 しかし、遺族でも、近親者でも、友人でもないメディアの人間が、「一人で死ね」というのは、倫理的な問題以前に、思考停止です。もちろん、被害者目線で見て、直接的に無関係の事件が起きたら、そう言いたくなる気分はわかります。でも、そんな発言は、飲み屋の与太話とか、視聴者の感想としてあがるのは良しとしても、なぜ、こんな事件が起きたのかを考えることをやめた発言でしょう。「そうだよ」というのならば、もはや、公共の電波を使って発信するのはやめていいでしょう。マスメディアでコメントする以上、涙を流しながらも、一歩引いて、事件の真相や背景を踏まえるべきでしょう。

 

 ただし、「一人で死ぬべき、という発言はしないように」というのも違う気がします。私は、自殺をテーマに取材をしています。その立場から入れば、そのフレーズは「自殺願望の否定」につながりかねない。自殺を考えている人から見れば、自殺を否定されるのは余計に孤立感を生みます。その感情を否定されれば、余計に社会的排除をされる側に回ってしまいます。「一人で死ぬ」、つまり、自殺を否定されれば、これまでの人生や、思考性を否定されたと思っても仕方がないのではないか。

 

 今回の事件報道を、自殺をめぐる報道としてみるならば、自殺に関する無理解が助長されているように思えます。

 

 

「1人で死んで」発言、波紋 番組コメントに異論 「別の事件誘発の恐れ」「完全否定はできない」

2019年6月1日05時00分

 

 児童ら2人を殺害し、18人に重軽傷を負わせたとされ、直後に自殺した岩崎隆一容疑者(51)について、テレビ番組で「子どもを巻き込まずに、1人で死ねばいい」といった趣旨で発言する出演者が相次いだ。落ち度のない子どもたちが不意に襲われて死傷した事件だけに、同様の意見はネットでも広がった。一方、「別の自殺や事件を誘発する」として憂慮する声も出ている。

 

 事件が起きた28日の午後。フジ系の情報番組で、安藤優子キャスターが出演者に語りかけた。「社会に不満を持つ犯人像であれば」と前置きして、「1人で自分の命を絶てばすむことじゃないですか」。コメンテーターの北村晴男弁護士も「死にたいなら1人で死ねよ、と言いたくなりますよね」と続けた。

 

 同日のTBS系情報番組でも、落語家の立川志らくさんが「1人で死んでくれよって」とコメント。ネット上でも「1人で勝手に死ね」「迷惑かけずに1人で死ねば」など、似た言葉が書き込まれていった。

 

 ネット上で異論を唱えたのが、貧困者らを支援するNPO「ほっとプラス」の藤田孝典代表理事。事件が起きる背景には容疑者が育った環境や社会状況もあり、「死ね」と言うだけでは事件を防げないとして、生活支援など社会のあり方も見直すべきだと指摘した。

 

 藤田さんの問題提起をめぐり、ネット上ではさらなる賛否が飛び交う。「テレビやネットでの『死ね』は不特定多数への示唆となってしまう」といった声がある一方で、「きれいごとに聞こえる」「自分の家族が被害者でも同じことを言えるのか」などの意見も書き込まれている。

 

 犯罪被害者支援NPO代表の女性(70)の思いも揺れる。

 

 20年ほど前、無免許で飲酒運転の車にはねられて一人息子を奪われ、各地の学校で命の大切さを訴える講演を続けてきた。だからこそ、「被害者や家族が発言するならやむを得ないけど、第三者が言うのは別。テレビという公の場での発言も受け入れがたい」。ただ、我が子を失った苦しさを思うと、社会が被害者寄りに傾くことは理解もでき、「発言を完全に否定することもできない」という。

 

 発言は社会にどんな影響を与えるのか。

 

 精神科医の片田珠美さんは「別の自殺や事件の引き金となる危険性がある」と警鐘を鳴らす。抑うつ状態の人は絶望感に苦しみ、自殺願望が芽生えやすい。

 

 さらに、自殺願望を持つ人が誰かを道連れに無理心中を図る可能性もあるという。精神医学の用語では「拡大自殺」と呼ばれる行為だ。「『自分を見放す社会が腹立たしい。最後に一矢報いてやろう』と考え、拡大自殺を引き起こす恐れがある」と片田さん。

 

 一方、早稲田大学法学学術院の波多江悟史講師(メディア法)は「メディア倫理の観点からみて、自殺を奨励しているかのように受け取られる内容であり、適切ではない」と指摘。放送法の趣旨も踏まえ、「過度に感情的にならず、公平で多角的な内容を心がけるべきだ」と話す。(土屋亮、江戸川夏樹、林幹益)