9月10日は「世界自殺予防デー」。その日から1週間は、日本では自殺予防週間です。厚生労働省を中心に、自殺予防に関する呼びかけがされます。最近では、児童生徒の自殺者が増加傾向のため、こども家庭庁が、こどもの自殺対策を強化しています。

 しかし、子ども・若者たちを取材していると、「こども家庭庁」のことが積極的な意味で話題になることはありません。そもそも、“自殺をしないで生きていく”という発想さえない人たちも多くいます。「予防」という言葉が、彼ら彼女らの自分ごとになっていません。

 こども家庭庁は、「『こどもの命と安全を徹底的に守る』大臣プロジェクト2026 第1弾「こども・若者自殺防止総力戦略」を発表しています。これまでの「こどもの自殺対策緊急強化プラン」をさらに強化したとされています。改正自殺対策基本法に基づいて、法定協議会を設置・運営をすることを求めるなど、47都道府県の首長に大臣が直接要請をしています。

 

 

大人は子どもたちから信用されているのか

 筆者は90年代後半から、子どもや若者たちの自殺を取材しています。児童生徒の自殺者の増加傾向は最近始まったわけではありません。1990年代から、10代の自殺率は徐々に上昇していました。しかし、2006年の自殺対策基本法制定時には中高年男性の自殺対策が中心で、子どもや若者対策は後回しにされました。

 

 その後の改正で、子どものたちの自殺対策として、SOSの出し方教育に重点が置かれました。たしかに、一定の効果はあったとは思います。しかし、取材をしていると、SOSはすでに出している子どもや若者たちがいるにもかかわらず、周囲の大人たちが見逃したり、何もしなかったりするのです。そうしたことで、“支援”側の大人たちが信用されなくなってきていると思います。

 

 10代の自殺率が上昇傾向にあることがはっきりしたのは2017年ごろです。「死にたい」などとSNSでつぶやいていた男女9人が殺害された座間事件が象徴でした。この事件をきかっけに、厚生労働省はSNSを利用した相談事業を始めたのです。

 

 ただ、子どもの自殺は減ることはなく、コロナ禍も手伝って、自殺者がさらに増加していきます。10代以外の自殺者数は減少傾向にあるにもかかわらず、10代だけが増加したのです。

 

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 週刊女性(26/09/09発売)の「人間ドキュメント」というコーナーで、認定NPO法人AKSの理事、風間暁さんを取り上げる記事を担当しました。最近、「『回復』という毒」(日本評論社)を上梓しました。

 

 

 

 この本は、自身の過去を振り返り、被虐待体験、薬物依存、アルコール依存の当事者としての体験を綴っています。また、現在は支援者になっていますが、その考え方も書いています。

 また、9月ということもあり、子どもたちの自殺が多い時期です。そのことについても聞きました。

 

 

 警察庁の自殺統計によると、日本全体の自殺者数が過去最少になった2025年。1998年から2011年まで、全体の自殺者数は3万人台になっていた。それが25年には2万人を下回った。一方、児童生徒の自殺者数は増加傾向で、小中高生は538人になった。

 そうした若年層の自殺について、筆者が取材するようになったのは1998年。偶然にも日本の自殺者数が3万人台になった年だった。その頃、取材をした中で、2000年代前半に自殺で亡くなった男性がいる。タクヤ(仮名、20代)だ。最初に出会ったのは高校3年のときだ。そのタクヤの命日を迎えた7月、この記事を書いた。

 

「これまで自分をアダルト・チルドレンだとは考えてこなかったどころか、その言葉自体も知らなかったが、インターネットでたまたま見つけて考えるようになったんです」

 

 タクヤはあるとき、そう思った。

 

 アダルト・チルドレン(AC)というのは医学的な診断名ではない。虐待があったり、アルコール依存症の家族がいるなど、機能不全家族で自身が育ったことで、周囲との不適応を起こしているという自認の概念だ。特徴としては、自信がない、ノーと言えない。周囲を気にし過ぎる。世話役を演じるなど。

 

「自分だけは……変なのではないか? 他人からの同情欲しさだったり、同情を愛情に置き換えてしまっていたり。そんな自分が嫌だったり、します」

インターネットで知った「AC」という言葉

 私はタクヤとインターネットを介して知り合ったが、実際に会うことになるまで、事前にこんなやりとりをしていた。その後、JR上野駅公園口改札付近で待ち合わせたのだが、時間になっても、タクヤらしき人物が見当たらない。後ろを振り返ってみると、そこにいた。

 

 インターネットを始めたのは高校一年の夏から。好きなマンガ家のホームページ(HP)のチェックや情報検索に使っていたが、あるHPで「AC」という言葉を見つけた。それを読んだタクヤは、「あー、としか言えないくらいのショックでした」と語った。つまり、「AC」という言葉を、自分に重ねることができた。

 

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「(ACという言葉には)新鮮な感じと、カルチャーショックを受けました。もっと知りたいと思いました。僕は何かあると、壁を殴ったりするような自傷行為とか、破壊衝動とか。同情してもらいたい気持ちもあるんです」

 

 タクヤは、感情がうまくコントロールできない自分に気がついていく。理由は、愛情を自分でコントロールしたいという感情の裏返しだ。愛情を十分に与えられ、満足に甘えられた経験がなかった。さらに話を聞いていくと、家族との関係や、友人関係がからみ合っているように感じる。表現力の問題も大きいようだ。

 

「自己表現力がないんです。どもっているのわかります? 小学校のときは話せなくて。それで笑われたりしたんで、キレてしまって……。それで『あいつは乱暴だ』って見られたりしたんです」

どもりの背景にあった父親からの虐待

 うまく話せないということが、自信喪失の裏側にあるようにみえる。私は、ゆっくり答えを待った。

 

「僕が何もしていなくても怒られるんです。相手(父親)が呆れるぐらい、解放されるまで黙っているんです」

 

 焦りや吃りの背景には、父親との関係があったようだ。父親からの身体的虐待=暴力もあった。

 

 「小学校のころ、僕が物を投げたり、口答えをすると、父に玄関の外に出されるとか、殴られたりしました。父は話を聞かないタイプ。だから、黙っていればぶたれないかなって思っていたんです。口答えをして、言い返せないと父は『うるさい!』というだけ。父とはまともな会話はしていないんです」

 

 このような父親との機能不全の関係が、ACである自分自身を形成することにつながっていく。まともな会話ができないと思ったタクヤは、中学のころから話さなくなった。ただ、「僕のことは理解してほしい」という気持ちも同時にある。

 

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