現在でも”性交”の定義は大正時代の判例

 

強姦などの性犯罪の法定刑を見直す刑法改正案について、政府は、「現行の『強姦罪』」を『強制性交等罪』とすることなどを閣議決定した。そのほか、「強制性交等罪や強制わいせつ罪は、被害者が告訴しなくても加害者を処罰できる『非親告罪』とすること」、「強制性交等罪や同致傷罪の法定刑を引き上げ」、「加害者と被害者の性差をなくすこと」を見直す。こうした改正点には問題はないのか。性別や性自認、性的指向にかかわらず性暴力の被害者支援をしている「レイプクライシス・ネットワーク(RCーNET)」の岡田実穂代表理事に話を聞いた。

 

刑法の性犯罪規定については、1947年改正で、既婚女性の性行為を罰する姦通罪が削除された。戦後の男女平等規定がある憲法が制定されて、違憲状態だったためだ。また、2004年には、二人以上が共同して強姦した者を処罰する「集団強姦罪」を新設した。前年の03年、早稲田大学の公認(当時)サークル「スーパーフリー」のメンバーが輪姦していたことが発覚。実刑判決を受けたことが契機となった。

 

しかし、強姦罪の規定はこれまで一度も見直されていない。改正となれば、刑法ができて110年間で初めてとなる。そんな中、RCーNET代表理事の岡田さんが、民進党の法務・内閣(男女)合同部門会議に呼ばれた。 性犯罪に関する論点はさまざまあるが、岡田さんは前提として、現在強姦罪改正を機に改名される「強制性交等罪」という名前を問題にしている。現行の強姦罪はこう規定されてる。

 

暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、2年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

 

「姦淫とは何か」「性交とは何か」を法的に定義した条文はない。ただし、大審院大正2年11月19日判決で示された「姦淫とは性交をいい、男性器の女性器に対する一部挿入で既遂に達し、妊娠および射精の有無を問わない」が、実務では使われている。

 

しかし、岡田さんは「性交は、常にお互いの合意によるもの。合意と尊重がないものは暴力であり、強姦。これらを一緒にするべきではない」と指摘する。性交に合意も尊重もない「強制性」があれば「強制性交」という言葉は論理的におかしいことになる。

 

また、性暴力行為を「性交」や「セックス」だと位置づける社会の偏見は多くの当事者を苦しめ、社会の中でレイプ神話(性被害についての社会的な誤解や偏見に基づく言説)を強化してもきた。

 

「性交の定義が大正時代の判例というのは驚き。判例でしか定義がないものを罪名にしようとしている。性交とは何か?を法的に定義をしなくては、暴行・脅迫要件のような被害者に対する二次加害的な立証方法がまかり通っている現状が変えられない」

 

これまでもRCーNETでは法務省に要望書を出してきた。強姦罪で「客体(被害者)に男性を追加するにとどまらず、『人』として、性別による規定を撤廃すること」としています。性暴力について「被害の実情として、被害者若しくは加害者は特定の性別に限られてはいない。

 

また、そもそも、被害にあったことによって、性自認や身体の性について被害者がカミングアウトする必要はない」として、性別そのものを規定からなくすべきとしてきた。RCーNETは、性別、性自認、性的指向に関係なく、性犯罪被害者支援をしてきた実績からのものだ。


「何を挿入するか」で大きく量刑に差が出る現行法の問題点

 

強姦罪(強制性交等罪)の要件について「(男性器から女性器に対する間の)暴行だけではなく、身体侵襲行為とし、被害者の同意のない、ある体の部位または物体による、膣又は肛門への挿入行為、または、性器の口への挿入行為とすること」として要望を出してきた。現行では「女子」に対して、膣の性器の挿入だけが対象だが、法務省の改正案では、性別に関する規定を廃し、口や肛門への性器挿入も含まれることになった。

法務大臣の諮問機関「法制審議会」では、以下のように要綱で定めた。

 

「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下『性交等』という。)をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとすること。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とすること」

 

現行では被害者が「女子」に限られていたが、要綱では、その性別規定が排除された。しかし、岡田さんは疑問を投げかける。性交の定義となっている判例では「男性器の女性器に対する一部挿入」とある。つまり、ここでは「性器」とは何かが問題にあるという。

 

「『性器』の定義は誰がするのか。ディルドはどうなのか?性器とは何か、十分に議論もないまま、被害者が立証しなければいけない。合意を得ない形で性的な挿入行為をされた/させられた事実を明確にすべき」

 

法制審議会では手指の挿入と男性器の挿入についての精神的負担の差異について話し合われた。岡田さんは性器挿入にこだわる問題点をあげる。

 

「たとえば、生殖機能を奪うためであったり、所謂リンチとしてなど、器具、例えばビール瓶を膣に押し入れたり突き刺すという行為もある。また、目隠しをされていたら、挿入されたものが性器なのか、性器の模造品なのか、わからない」

 

「性器とは何か?」を問題にするとき、法務省へのロビー活動の中では、司法当局では、「個別判断になるだろう」と回答している。しかし、それで中立性が担保されるのだろうか。岡田さんはいう。

 

「性分化疾患の人、性別適合手術を受けた人。マイクロペニスや形成された性器。その人たちの性器は『陰茎』とみなされるのか。個別判断というのは、どこまで公平性を担保できるのか。地域によっても違うかもしれない。たとえば、東京ではみなされるが、地方ではみなされない、とか。個別判断では済まされないはず。法務省の審議の中で有識者とされる人から、『そういう人(トランスジェンダーや同性からの被害にあった人)に会ったことがない』と言われてしまう。現場を見ず法律だけを考えていたら想像できない。そんな法律家がいう個別判断は、信用できない」

 

強姦罪(強制性交等罪)の範囲を広げずに、「強制わいせつ罪で訴えればいいじゃないか」という主張もある。しかし、被害感情としては、された行為は強姦罪(強制性交罪)と同じという人もいるだろう。実際に、同質な被害を受けていても「何を挿入するか」ということだけで、大きく量刑に差が出てしまう。性暴力被害を「体のどこを用いたのか?」で、法律でランク付けされていうような状況に疑問をぶつける。

 

「日本の強姦罪(強制性交等罪)の定義が狭すぎる。また、強姦(強制性交等罪)か強制わいせつしかない。本来的には、強姦を特別視するというよりも、性暴力の全体像をしっかりと見据えて、犯罪について定義し、細分化してほしい。(性器を用いたかどうかの)性器主義の法律を変えてもらいたい」

 

しかし、議論が十分に成熟しないまま、110年ぶりに「強姦罪(強制性交罪)」の規定が改正されようとしている。このままで法務省が法案を提出すると、国会内での勢力を考えると、原案通り可決となってしまいかねない。そこで岡田さんは提案する。

 

「中身を変えるのは難しくても、せめて、罪状の名前、強制性交等罪というものは変えて欲しい。また、一度、改正されれば、当分、改正されないかもしれない。そのため、(他の法律にもあるが、3年ごと見直しなど)見直し規定を作って欲しい」