トライアンドエラーが続く”介護ロボット”活用の現場

 高齢者福祉の現場では、ロボット技術を利用する試みが広がっている。経済産業省は開発業者に、厚生労働省も導入をする施設に助成金を出している。介護ロボットの“いる”施設には福祉業界だけでなく、行政やロボットメーカーも見学に訪れている。介護ロボットは現場をどのように変えていくのだろうか。

 

●職員が仲介しながら活用

 

 “今日もがんまりますので、よろしくお願いします。拍手!”

 デイサービスでは、挨拶する人型のコミュニケーションロボット「パルロ」を利用者40人が囲んでいた。周囲では介護スタッフが見守る。場所は、横浜市営地下鉄・下永谷駅から徒歩3分のところにある、社会福祉法人同塵会(松井住仁理事長)の、特別養護老人ホーム「芙蓉園」(横浜市港南区、小林央施設長)。

 パルロが挨拶後に拍手を促すと、利用者たちは大きな拍手を送った。その後、「夏は来ぬ」の歌を歌いながら、手足を動かす。“一緒に踊ってください。一緒にですよ”とパルロ。利用者は、職員に促されながら、パルロの動きを真似て、利用者たちは歌いながら、踊っていた。ただ、パルロが反応しやすい言葉を利用者が使っているわけではないため、職員が仲介している場面もあった。

 “やったね、いい感じです”

 その後も軽い運動をしたり、クイズを出題した。

 “最初は、お魚のサンマについての問題ですよ。サンマの塩焼きは美味しいみたいですよね。サンマは春に食べるのが一番美味しい。○か×で答えてください”

 こうしたクイズは頭を使うために、認知症の予防効果も期待できるとされている。介護ロボットとして、最も注目を浴びているのは、人型の介護ロボットだろう。同施設は、横浜市内で最も古い特別養護老人ホームだ。現在は、介護職員の負担軽減や人材の安定的な確保、介護サービスの質の向上を目的に、多様な介護ロボットを導入している。

 

●「見守り支援システム」は負担軽減に期待

 

 神奈川県では2015年6月、「らくらく介護宣言」をした。その中で「使おう!」という項目において、「新たに介護・看護の現場で役立つと期待されるロボット・機器の導入を進めます」とし、「学ぼう!」では「介護・看護職を中心とする保健医療福祉の専門職全般を対象に、人の力のみで抱え上げない介護・看護技術の普及を進めます」として、介護の現場でロボット・機器の普及を目指すとした。

 同県では16年、介護・医療分野への介護ロボットの普及を行う「介護ロボット普及推進センター」を立ち上げた。同施設などが応募し、事業協定を結んだ。同施設では、介護現場での人材不足や高齢者の増加の中で、介護ロボットに期待をかける。当初は「介護は人の温もりがあってこそ」と、導入に違和感を持つ職員もいたが、施設内でプロジェクトチームを作り、職員に理解を求めてきたという。

 同施設で導入したロボットは7種類。タテゴトアザラシの赤ちゃんをモデルにしたメンタルコミットロボット「パロ」、コミュニケーションパートナーロボット「パルロ」、ロボット掃除機「ルンバ」、スマイルサプリメントロボット「うなずきかぼちゃん」、職員の介護作業を軽減化する「スマートスーツ」、手すりを持って歩行を支える「電動歩行アシストカート」、ベットのマットに敷かれた検知センサーで、転倒や転落を予測し、アラームで知らせる「見守り支援システム」だ。

 このうち、介護者にとって最も負担軽減となるのは「見守り支援システム」だ。従来の、ベッドから離れたときなどに作動するセンターよりも優れている点は、Wi-Fiでインターネットにつながり、システム内でログが記録されることだ。これまでは職員が記録していたが、正確に自動で記録される。

 そのため、一人ひとりの日常生活のリズムを正確に把握できる。例えば、入所者が深夜にトイレに行く時間を把握でき、介護職員がサポートをしやすくなる。施設としても「最も期待したい分野」としている。しかし、Wi-Fiを各フロアに設置したり、センサー付きのマットが高額であることなど、現場への普及には初期費用という課題がある。

 

●介護スタッフがロボットから学ぶことも

 

 人型ロボットのパルロは受付にも置かれ、来訪者にも挨拶している。高齢者にとっては、喋り方は早いのではないか?との指摘もされるが、「最初はもっと遅かったのですが、(施設を利用する高齢者は)介護が必要なだけで、話は聞き取れます。レクレーションのときは座っていますから」と小林施設長。ロボットメーカーのプログラム開発者たちも、実際にレクレーションを見学して、高齢者の会話やテンポを把握、修正した。その結果、現状のスピードになった。メーカーにとっても、現場を知ることはプログラムを修正しやすい。

 ロボットを受け入れるのに男女差があるのだろうか。

 「男性の場合は一般的に、人に対してでも、女性よりも興味を示したりしないし、心を開かない傾向があります。ロボットに対しても同じです。しかし、片付けを忘れていたときに、ふとした時間に、普段無口な人がパロを撫でているということもありました。中には、職員に対してよりも心を開く人もいます。ただ、ロボットを嫌いだったり、興味がない人に無理やり押し付けても意味がありません」(小林施設長)

 ただ、パルロにレクレーションの全部を任せることはできない。ましてや人を介護をすることができない。そのため、ロボットをどのように使うのかは職員がどう介護サービスを考えているのかにかかってくる。パルロは、インターネットを通じてアップデートしていくため、いつのまにか、新しい曲が入っているという。振り付けもするため、職員もそこで学ぶことがあるという。

 癒し効果という意味では、パロは最適だ。アニマル・セラピーは導入したことがない同施設ではあるが、

 「動物の場合、衛生面で問題になりますが、ロボットの場合は、衛生状態は保つことができます。また、動物の場合は死んだりすると喪失感がでますが、ロボットはそうしたこともありません。例えば、夕食前に落ち着かなくなる入所者がいましたが、その時間帯にパロを抱かせました。すると、落ち着くようになりました。AIやロボットの特性を職員側が把握してないと宝のもちぐされになります」(同)

 あかちゃんのぬいぐるみのような、うなずきかぼちゃん。一方的に「ねえねえ。おかあさん、とんとんして」などと呼びかける。「おかあさん」を「おばあちゃん」、あるいは「おとうさん」「おじいちゃん」に設定することもできる。ただ、パルロと違って、相手の会話にあわせた会話はできないが、スキンシップをすることでコミュニケーションが成り立つ。

 「職員は介護ロボットを『自分たちの仲間だ』と思うようになりました。しかし、現状、介護ロボットは人の心までは把握できません。食事介助もできません。(人による)介護の隙間を埋めるための一つのアイテムです」(同)

 

●ロボットが入所者に挨拶。部分的に利用

 

 一方、横浜市栄区。JR京浜東北線・本郷台駅から10分弱の場所に、株式会社インシーク(竹内洋司代表取締役)が運営する機能訓練型のデイサービス「ARFIT」(アルフィット)がある。集合住宅ビルの一階にある。まるでフィットネスクラブのようにも見える広い空間だ。

 このエリアに開設したのは理由がある。横浜市を選択したのは医療機関の連携ができたことだ。また、栄区にしたのは、市内で最も高齢化している行政区だからだ。市全体では23.1%だが、栄区では28.9%だ(15年9月現在)。

 朝9時ごろ。竹内さんが利用者たちを送迎してきた。室内に入ると、パルロが出迎える。“おはようございます”と繰り返す。これは事前に、スタッフがパルロを“お出迎えモード”にしていたためだ。

 機能訓練型のデイサービスのため、筋力トレーニングが中心のサービスをしているが、パルロは、そのトレーニングの導入部分の軽い運動のときに“登場”する。そのときはスタッフがモードを切り替える。ただ、パルロだけで運動を行うわけではない。横にスタッフがついて、常に利用者とコミュニケーションをしながら指導している。その意味では、介護スタッフの仕事を軽減させているわけではない。あくまでも、トレーニングの導入部分で使っている。

 

●ロボットによる介護をどう位置づけるのか

 

 ティータイムが終わると、「お口のエクササイズ」というメニューがある。スタッフが主導する「早口言葉」のエクササイズの前に、大きな声を出すことをするが、そのときにパルロが活躍する。「パタカラ体操」だ。パタカラ体操は、口腔体操の代表的なもの。食べ物を上手にのどの奥まで運ぶ動きは加齢とともに落ちてくる。それを鍛えるもので、食事前にすると効果があると言われている。

 「パルロの、パ」

 とパルロが言うと、利用者も続いて声を上げていた。

 介護施設の中には、ロボット導入に否定的な施設もあるが、竹内さんはこう話す。

 「施設自体が新設のため、ロボットの導入に抵抗がある職員はいません。ロボットが介護スタッフの仕事を軽減させているわけではないですが、運営側がどのようにロボットを位置づけているのか、という考え方次第ではないでしょうか」

 では、その考えとはいかなるものか。

 「ロボットの導入は、利用者のコミュニケーションの一つとして位置づけています。AIやテクノロジーによって、これまでにない介護を目指そうと思っています。ただ、まだ施設としてロボットを十分に使いこなせていません。当初は積極的に利用者にロボットを介入させていく方針でした。しかし、ロボットに抵抗がある利用者もいます。そのため、休憩やティータイムでも、無理やり、利用者の前に置くのをやめました。まだ、どのように活用していくかは課題になっています」

 

●試行錯誤しながら個別のニーズを把握する

 

 「ARFIT」ではオーダーメイドの機能訓練をしている。個別のニーズ・体力に合わせて、運動時の、負荷の量、掛け方を変えている。そうした個別のプログラムの一つとして、認知症やうつ病の人とロボットのコミュニケーションが有効になることも考えている、という。

 「認知症の予防という観点でのロボットの利用は、精神医学の中でもまだ新しい分野です。ロボットと話すことで認知症の予防ができるのではないかと考えています。まだ見えていない価値を、経営側がどのように付加価値を与えていくのかということにかかっています。いろんなことをしながら、トライ・アンド・エラーでしていくしかありません」

 人型の介護ロボットが、人にとって変わるということも言われているが、そこまでのロボットはまだ開発されていない。現状は、介護職員のサポート役といったところだろう。介護ロボットと利用者の交流は、まだ活発だとはまだ言えない。友達登録をすれば、人を認識し、名前を呼ぶこともあるが、まだ人が醸し出すコミュニケーションの雰囲気までは達していない。まだ「人」の代わりはできないのだ。ただ、今後、ロボットのそのものの性能やAIが向上したり、プログラム開発が充実していくと、介護サービスの中に人型ロボットとの関係も変化していくことだろう。