東京都渋谷区渋谷3丁目のバレエスタジオ内で、女性講師の親指を工具を使って切断したとして、傷害罪に問われている住所不定、無職の橋本浩明被告(41)の被告人質問が東京地裁(菅原暁裁判長)で開かれた。橋本被告は「殴る蹴るを考えた」としながらも、死亡に至る危険もあることから、指の切断という方法にしたこと、また、逮捕後に「やりすぎ」と考えるようになったことなどを証言した。

 

●あいつのせいでこうなったんだ!

 

 事件が起きたのは16年7月6日午前8時40分ごろ。バレエスタジオ内で、橋本被告は20代の女性講師に馬乗りになり、首を絞めて失神させた。その上での右手の親指を、金槌とタガネを使って切断した疑いで起訴されている。

 橋本被告は14年11月、同スタジオに生徒として入会した。女性講師が指導するクラスに入り、スタジオの発表会で「ドン・キホーテ」をメンバー七人と一緒に踊るために練習していた。しかし、15年8月12日に行われた補講の連絡が橋本被告にはなかった。このため、橋本被告は怒りを抱くようになった。講師に「自分だけ直接連絡を受けていないのはなぜか?」と問いただした。このことをきっかけに橋本被告と講師との関係が悪化した。その後、10月、経営者からは退会を言い渡された。

 17年1月6日の被告人質問で、橋本被告は、怒りが収まらない理由を証言した。

 「退会処分になったことは理解しているが、退会になる理由を教えてほしい、と経営者にメールをした。しかし、“(被害女性の)A先生が怖がっている”という当初の理由とは違って、“他の生徒たちが怖がっている”というものだった」

 納得がいく返答がないために、その後も経営者にメールをした。すると、「もう会員ではないので、スタジオに来たら警察に通報する」との返答があった。それでも退会理由を知りたいと思った橋本被告と経営者のやりとりが続く。橋本被告は「はっきりとした理由があるのなら、メールで言うなりすればいい。理由がないから説明できないのではないか。よくここまでバカにしたものだ」と思うようになる。接客業だった橋本被告は、このことでイライラしていることもあり、仕事をやめる。

 ただ、橋本被告は、怒りを抑える努力をしなかったわけではない。16年2月末から3月初めに、ロシアのマリンスキー劇場へバレエを観に行った。好きになったバレエを観れば、感情が和らぐと思ったのだろうが、橋本被告はこう証言した。

 「バレエを見ても“綺麗ですね”という程度の感想しかなかった。嫌なやつらを想像してしまって、バレエと結びついた。バレエが好きじゃなくなったのかな、と思った。他のバレエ教室に行くことも考えられない。あいつ(講師)のせいでこうなったんだ。あいつが全部悪いと思うようになった」

 その後も気分転換をしようと、5月にはインドに旅行へ行く。しかし、イライラ感を抑えることができなかった。弁護人に「心療内科や精神科に行くことは考えなかったのか?」と問われ、橋本被告は「考えなかった。一度も行ったことはないし、原因ははっきりしているので、行っても仕方がないと思っていた」といい、仕返しを考えるようになっていく。

 

●女性だから顔を傷つけたくない...

 

 それにしても、仕返しがなぜ「切断」という方法だったのだろうか。

 「何かしらの方法で仕返しをしようと思った。ぱっと思ったのは、殴る・蹴る。しかし、(講師とは)体格差がある。殴る・蹴るでは、(講師が)死んでしまうかもしれない。死んでしまってもいいほどの怒りではない。そのため、殴る・蹴るを外した。死なないという前提であれば、刃物で傷つけること。何かを切るということを考えた」

 切り落とす箇所はなぜ「親指」だったのだろうか。

 「講師は女性だから顔を傷つけたくない。足はバレエをするには必要。そこまではやりたくない。命に別条がないところでいえば、手か。小指がいいかと思った」

 橋本被告は思いついたのは小指の切断だった。実際、事件当日、講師の首を絞めて、失神させた後、タガネを小指に当てている。しかし、実際に小指に当ててみると、イメージと違ったようだ。

 「(講師は)仰向けになっていた。手を切ることは決めていた。タガネを小指に当てた。しかし、歯の幅が広くて、薬指にもかかってしまった。2本の指を切断することは考えていない。そのため、親指に当てた」

 親指を切断することになったのは、タガネの形状によるものだった。親指にタガネをあてて、それを金づちで打った。3回目に打ったときに、抑えていた自分の指を金づちで打ってしまったという。それだけ「興奮状態だった」と思ったという。その後も、何度か、金づちでうち、最終的に親指を切断した。

 切断し終えると、橋本被告は講師を起こした。そして110番通報をしている。

 「スタジオから110しました。まずは救急車を呼んでほしいと伝えた。そして、何があったのかを伝えました。場所や名前を聞かれたので答えました。電話の最中、講師がスタジオのドアに向かって歩いていたので、“外に行っても何もない。救急車が来るので待っていればいい”と伝えた」

 

●相談していれば、別の結果になった?

 

 仕返しを終えた橋本被告は、どう思ったのだろうか。

 「犯行前も直後も、当然の仕返し、報復だと思っていた。しかし、刑事さんや検察官に、“怒る気持ちはわかるが、やりすぎではないか”と言われた。法律の専門家だからそう言うのかと思ったが、留置所でも“やり過ぎ”と言われた。専門家ではない人たちにだ。みんな同じことを言う。やりすぎなのかな?と考えるようになった」

 今はどう思っているのか。

 「犯行前は、すべての手を尽くしたと思っていた。それ以外の方法は思いつかなかった。今考えると、自分の心理状態のプロに相談していれば、別の結果になったのではないかと思う」

 16年12月、親指を切断させられた講師の女性が証人尋問に応じた。女性は法廷とは別室で証言。映像や音声をつなぐビデオリンクを使った。女性は指の接合手術を受けたが、医師からは左手と同じ状態には戻らないと言われたという。「私にとっては、バレエとピアノは20年以上、人生をかけて積み重ねてきたこと。それを被告人の勝手な思い込みで崩されてしまった」と証言した。これを受けて、橋本被告は、以下のように話した。

 「前回の証言を聞いたが、現段階では、切られた親指は思うように動かないと言っていた。以前は、声が攻撃的にも聞こえたが、証言では、そうではなくなっていた。心理的にも衝撃を受けたのだろうと思う。今はやらなきゃよかったと思っている」