イギリスの自殺対策をテーマにした講演会がお茶の水でありました。主催は、国立精神・神経センター精神保健研究所の自殺予防総合対策センター。

 講演したのはLouis Appleby教授(マンチェスター大学、精神医学および地域医療)。Appleby教授は自殺予防研究所と 女性精神保健研究所を主宰。2000年からイングランド 保健省で精神医療・保健の最高責任者。任期中、自殺率は6年間で13.9%の低減。過去最低となった。

 以下、メモ書き&パワーポイントによる簡易版(のちほど、もう一度、日本語の通訳を聞いて、追加の記述をする可能性あり)

 イギリスでは年間4500人が自殺で死亡している。1日あたり12人、2時間で1人。死亡全体の1%が自殺だ。しかし、自殺は公衆衛生上の問題だとの認識が高まり、1999年に発表された白書「我々の国をもっと健康に」(Our Healthier Nation:OHN)で、2010年までに自殺率を20%削減することが、国家の目標として定められた。

 イギリスの自殺率は、高い方ではない。自殺対策で数値目標を設定(20%減少)したが、その基準年となった1995~97年の3年間の平均自殺率(10万人あたりの自殺者)は9.2人。04~06年の平均自殺率は8.3人になり、10%減少したことになる。

 自殺予防の国家戦略として6つの目標が定められた。1)ハイリスクグループにおけるリスク軽減、2)広く精神健康の増進を図る、3)自殺手段へのアクセスと致死性を減らす、4)メディアにおける自殺報道の改善、5)OHNにおける目標の進展状況のモニタリングの改善、6)自殺予防に関する研究の促進。

 まずハイリスク者は誰か。遺族へのインタビューや精神保健の関係者からの調査を行った。そして、存命者との比較を行った。自殺率から見てみると、35未満の男性がリスクが高いことがわかる。そして彼らの臨床的要因として考えられるのは、精神疾患(OR=25.7)、自傷行為(OR=31.7)、薬物/アルコール乱用(OR=10.06)、パーソナリティ障害(OR=7.08)といったことが関連していることがわかった。

 また、35歳未満男性の心理社会的要因としては、居住の不安定(OR=4.83)、友人の不在(OR=5.6)、人間関係上の問題(OR=10.6)、幼児期の虐待(OR=7.75)、直近のライフイベント(OR=15.6)といったことが考えられる。

 「要因はひとつではない。だからこそ、対策もひとつではない」
 
 これらのハイリスク群に向けて対策を行ったところ、2000年以降は20-35歳の自殺率が減少した。なぜか?

 最前線で対応する機関が自殺のリスクに気がつき始めたことが大きい。また、経済状況が良好になったために、失業などによる社会的孤立が少なくなったことも背景にある。そして、特定者への取り組みをしたからだ。

 特定者とは誰か。それは入院患者だ。入院患者はどうやって自殺するのか。最も多いのは首つり。しかも、固定されたカーテンレールを利用するものだった。そのため、ベッドやシャワールームの周囲からカーテンレールを撤去するか、カーテンレールを仮固定したものに変えた。こうしたことで、年間自殺者が減少。36%減りました。

 また、どんな時に自殺をするのかを調べた。すると患者は医療従事者の同意なしに病棟を離れている(=失踪)ときだったり、病棟での拘束が減ったことがあげられる(→強制入院による拘束は自殺予防という意味では効果があった、ということになる)。医療従事者が患者をきちんと監視するなど、これらを改善した結果、自殺者が減り始めた。

 さらに、退院後のフォローも大切だ。患者が退院をして自殺をする可能性が高いのは退院後1週間。社会的なフォローができる前だ。医療スタッフとの関係が切れるタイミングだった。そのため、社会的なサポートを充実させた。なるべく早く、退院後の患者をフォローするようにした。
 
 精神保健の危機介入チームの介入の数も増えていった。危機介入だけでなく、積極的なアウトリーチ活動や早期介入もするようになっていったことも、自殺者が減少した一因ではある。

 一方、特定者には、服役者も。刑務所における自殺も多い。服役者の自殺率は、全自殺者の2%。州の管理下にありながらの自殺ということで、マスコミに注目され、社会問題になった。

 1999ー2004年の自殺者は529人。中でも、21-30歳の男性は175人、31-40歳の男性は149人と突出している。収容されて何時間後に自殺をしているのかを調べると、24時間以内が7%、一週間以内が21%、一ヶ月以内が18%、一年以内が41%となっていた。

 しかも、手段は493ケース、93%が首つりだった。311ケース、61%が寝具を首つりヒモとして使用していた。251ケース、49%が窓の格子を利用していた。こうしたことがわかったので、対策を検討した。また、精神疾患の有無も考慮にいれた。釈放後の一週間以内もハイリスクだ。経済支援、居住支援、メンタルヘルスのチェックが必要不可欠になる。

【質疑】

 ーー イギリスでは自殺対策のキャンペーンをしたのか?

 公式のキャンペーンをしているわけではない。しかし、精神保健のキャンペーンはした。政府は公衆衛生の問題を本格的に変革する必要がある。その一方で、政府がやれることには限界がある。
 リスクについて論じることは、雑誌やテレビ、コミュニティでも取り上げられる可能性がある。こうしたことが、非公式のネットワークによって発せられ、幅広いメッセージとなって届くかもしれない。その意味で、キャンペーンは重要な役割があるが、公式である必要はない。

 ーー なぜ欧州で自殺率のばらつきがあるのか?

 原因は複数ある。まず、国によって評価対象が違う。国によっては警察統計だし、裁判所の判断によって、確定的な証拠がないと自殺とされない場合もある。地中海諸国や南欧はカトリックなので自殺率は低い。東欧やプロテスタントは自殺率が高い。東欧は、アルコールを乱用するのは男性がほとんど。

 リトアニアは自殺率は高い。精神保健の体制が遅れているからだろう。ハンガリーやフィンランドも自殺率は高いが、ハンガリーとフィンランドは共通の言語だ。共通因子があるとして、遺伝学上の要因があるのではないかと言われている。ハンガリーはうつ病の有病率も高く、精神科医はそれで説明している。

 89年の革命以後、ハンガリーは自殺率が減少した。3分の1までになった。しかし、革命後の自殺を見てみると、熱心なキリスト教信者ではないこと、雇用が不安定であること、楽物の乱用がからんでいることが原因の自殺が多かった。特定の階層に偏っている。

 ーー 35歳未満の男性が自殺する場合の、直近のライフイベントとは?

 主なトラウマではないこともある。たとえば、失恋、家族との口論といったこともある。自殺した後で、「なんでそんなことで?」と思うこともある。しかし、これまでのリスクが背景にあるので、どんなことが最後の一撃になるかはわからない。リスクが高いだけに、いろんなことが考えられる。

 ーー 保健師はどんな役割を?

 コミュニティケアやプライマリケアと同じだ。自殺者と直接接する人は限られる。そのため、自殺の問題は見ようとしないと見えない問題。最前線で働く人は、意識して行動しなければならない。もしかすると、10年間で1人か2人しか救えないかもしれない。数が問題ではない。

 ーー なぜ、イギリスでは地域差があるのか?

 これは、なぜ欧州でバラバラなのか?と同じだ。一つの要因ではない。イングランドとスコットランドではリスク要因が違う。イングランドも20年前までは農村部の自殺が多かった。孤立や不便さが原因だったのではないか。しかし、今では都市部が多くなっている。アルコールや薬物の乱用、貧困の問題がからんでいる。

 スコットランドの自殺率は20年前、イングランドよりも低かった。都市化が進む一方で、所得水準が低いといった問題がある。社会的条件が悪い。殺人も2倍になっている。精神保健の体制も違っているし、早期介入のサービスがない。

 ーー 電話相談の効果は?

 わかりません。因果関係を示すデータはない。しかし、効果的だと判断できる可能性がある。北イタリアで、高齢者を中心に電話相談を充実させた。すると、自殺率が減った。しかし、電話相談との関連を示すデータとしてはない。

 ーー 日本では、自殺報道がセンセーショナルになることがある。イギリスでは、報道のあり方が変わったのか?

 もちろん、イギリスでも悪い例はある。しかし、報道苦情委員会というのがある。そこに、もし自殺の手段を記事に載せた場合、一般的に広まってしまう恐れがある、と文書を出した。すると、自殺の方法は書かない、ということになった。