香りとはふしぎなもので

 

過去の記憶や風景が

 

その匂いによって

 

瞬時に呼び戻されます

 

 

 

 

             キンモクセイ

 

 

 

 

 

どーも

ハミでやす

 

みなさま

ご機嫌よろしゅう

 

 

 

 

いやはや

 

ふと気づけば

 

すっかり秋ではありませんか

 

 

まったく

 

時の流れというやつは

 

油断のならぬものですな

 

 

 

 

うかうか三十、きょろきょろ四十

 

 

 

口をポカンと開け

 

ぼうーっと

 

放心しているまに

 

歳をかさねてしまっておりやす

 

 

 

 

あっし的には

 

「無為に日々をすごす」

 

ことを心がけてはおりますが

 

 

 

あんまし

 

ぼうーっと

 

しすぎて

 

昨日のことも

 

おもいだせなんだ

 

 

 

これは

 

アルツへの第一歩なのでは

 

 

 

 

秋のひんやりした空気

 

どこからともなく

 

ただよってくる

 

キンモクセイの香りは

 

あっしを

 

感受性の鋭かった

 

高校生のころに

 

ひきもどしてくれます

 

 

 

自転車を漕いで

 

あの家にむかう

 

あそこは

 

とても狭い通り

 

車がすれ違えない

 

だけど自転車なら楽勝だ

 

 

 

すこし遠回りだけど

 

寄らずにはいられない

 

もう何度も通っている

 

 

 

偶然みつけた

 

古い洋館は

 

石造りで窓が小さい

 

積み重ねられた石は

 

黒っぽく変色し

 

建てられて

 

すでに五十年は過ぎているだろうと

 

想像した

 

全体的にとてもスタイリッシュ

 

それでいて

 

冷ややかな印象

 

見てるだけで下腹あたりが

 

冷えてくる

 

きっと冬は寒いだろうな

 

 

黒っぽい石門と

 

門扉は黒のロートアイアンで

 

ぞくぞくした

 

玄関扉は木製だが

 

ノッカーがついていた

 

二階建ての家と記憶しているが

 

石積みの古い家は

 

外界と遮断している雰囲気があり

 

 

どんな人が住んでいるのかと

 

想像をふくらませた

 

 

気難しい隠遁者

 

学者

 

理由があって閉じ込められている美女

 

 

どこからともなく

 

キンモクセイのかおりが

 

漂った

 

 

 

 

暮れなずんでくるこの時刻

 

二階の小さな窓に

 

灯がともる

 

 

蛍光灯ではない

 

温かみのある電球の灯り

 

 

憧憬と畏怖とを

 

同時にかんじながら

 

見上げる

 

 

 

 

ねえ、

この家に用があるの?

 

 

不意に声がかかる

 

 

はじかれたように

ふりかえると

高校生らしい男子が

 

 

 

しどろもどろになり

私はなにか答えたが

 

もう憶えていない

 

 

急いで

自転車に乗り

その場を後にした

 

 

 

やがて

生まれた町を去り

 

 

あの古い洋館のことも

忘れてしまった

 

 

古かったので

きっと

取り壊されているに違いないが

 

 

あの小路の奥に

 

もう一度

 

足を運んでみようとおもった

 

 

 

キンモクセイに

 

誘われた気がした