北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化であるのがポイント。

在韓米軍の核も話題となる。

多国間協議は、韓国、北朝鮮、中国、アメリカの四か国で形成され、アメリカは協議を制することができない。

北朝鮮は、協議で在韓米軍の非核化を持ち出す。
仮に在韓米軍の撤退と北朝鮮の核廃棄がバーターとなっても、非朝鮮の核査察は中国が、となれば、また揉める。

結局時間稼ぎが進み、北朝鮮の核は残る。
時間を稼げば稼ぐほど、中国とアメリカの力の差は失われ、中国の覇権も強まる。
韓国は北の覇権下に入り、朝鮮半島全体が中国の衛星国に。

中国とアメリカの勢力拮抗線は、朝鮮半島の38度線ではなく、日本海まで下がる。

日本の感覚としては、唐・新羅連合に敗退した白村江の合戦後の雰囲気に近い状況になるのだろう。

アメリカが、日本という不沈空母の維持にどれだけ国力を投じるかは、政権によって変わる。
当分は相当の息苦しさがあるはず。

“統一朝鮮”は、中国との確執を覆い隠すためにも、共通の敵日本をことあるごとに槍玉にあげるだろうから。

平和をなした中国と“統一朝鮮”に対して、朝鮮半島での対立を望む日本。“正義”は、大陸と半島側にある。

日本にチャンスが訪れるのは、それでも覆い隠せない中国と“統一朝鮮”の確執があらわになる時期まで待たなければならない。

唐と新羅が戦争に入った時期に、古代日本が息を吹き替えしたように。


日本は、中国と“統一朝鮮”の友として、仲間に入るべきだろうか?

ここは難しい。
どんなに頭を下げて謝罪し、味方・友達になろうとしても、構造的に日本は彼ら共通の敵。心理的にも、文化・歴史的にも、そして彼ら自身が協調を図るためにも。

頭を下げてきた者にどこまでも横暴に振る舞う文化圏との対峙で必要なのは、痩せ我慢でも自立の道を貫くことだと私は思う。

アメリカに頭を下げても軽く見られる。見捨てられる。との論も尤もだが、では、中国と“統一朝鮮”と仲良くしたら、仲間になれるか。
なれないだろう。
彼らの協調のための踏み台、犠牲として常に下位者として叩かれる。
大陸と半島が、アメリカと対峙するための前線とされる。要は、アメリカと戦うための尖兵とさせる。
その未来は、アメリカに軽く見られる屈辱以上のひどい状況だ。

アメリカの犬であろうともそれでも自らは友として振る舞い、大陸と半島には辛い状況があろうとも毅然と振る舞う。

それしか、ないのではないか。

難しいのは、アメリカに頼りすぎない自立化が必要でありながら、自立しすぎると、米中協調のための生け贄として、日本が共通の敵にされる恐れもあることだ。

第二次大戦の構図がこれだ。
日本は、アメリカの犬と侮られるくらい屈辱に耐えながら、静かに、したたかに、少しずつ自立を図るしかない。

アメリカとの同盟を廃して、大陸と半島の仲間になろうとする判断は、かつて日本を亡国に陥れた日英同盟破棄と同じ道。ゆめゆめ、この判断はしてはならないと思う。

パラダイスはどこにもない。

大陸と半島にどこまでも虐げられるか、アメリカの犬と侮られるか。より不幸でない方を、比較して消去法で選ばなければならない。

「この状態は不幸ではないか」という絶対基準に基づく議論に、これからの日本人は警戒しなければならない。

確かにその状態は不幸かもしれない。
しかし、もっと不幸にならずに済んでいる相対的幸福状態であるかもしれないのだから。

2018年4月27日。
戦後日本の幸せな日々は、今日終わりを告げたのだと思う。