今日もよい天気。
霞の向こうに筑波山のシルエット。

岩槻から筑波山を望むと、やはり、戦国時代にこの地からかの地に流れた武将・太田資正を想わずにはいられなくなります。
ちなみに資正、『名将言行録』の記述を信じるならば、鑓(槍)は短くて太いものを好んだそうです。
戦国時代には、長槍が全盛を極めたことはよく知られています。
合戦に動員される人員が増える中、長槍を構えた歩兵をずらりと並べて“槍襖”を作れば、個人の技量が低くとも十分実戦で機能したのだとか。
その中で、小回りが利き、折れにくいものを好んだ資正は当然のことながら、槍襖の要員達とは全く異なる槍遣いをしていたはずです。
野戦において、本陣に籠るのではく陣頭指揮を取るタイプだったとされる資正。彼は短く太い槍を片手に、馬上で戦場を駆け巡っていたに違いありません。
そんなことを連想したので、袈裟の稽古も、棒術中心。沖縄の棒術は、槍術ですからね。
六尺=180センチメートルの棒は、資正が愛用した短い槍に近いのではないかと、妄想しました。
※
稽古内容は、「袈裟打ち→石突き打ち→巻き打ち→袈裟打ち」の反復。
昨日感じた、棒が弾む感覚をより確かなものにするため、このシンプルな動きに集中しました。
右足前の構えの場合、袈裟打ちが終わった瞬間前にあるのは右手、後ろが左手。右手は“斬り手”、左手はその逆形状です。
棒が弾むには、この両手の形状で“打ち”が終わった瞬間に、右手は斬り手の逆、左手は斬り手に移行しなければなりません。
そしてその動きは、感覚的には、手首から先の操作でありながら、その実、広背筋にサポートされたものでなれけばなりません。
擬態音としては、パパンッ!という感じの切り替えを目指します。
嬉しかったのは、この感覚で取り組んでみると、袈裟打ちからの返しの「石突き打ち」で風切り音が鳴ったこと。
スピードが上がってきました。
そして、この切り替えができると、「ん?突きも良くなるのでは?」となります。
突いてみると、スパッと突けます。
いい感じです。
弾む棒は、首里手のスナッピー且つ背中の効いた重い突きと、身体の使い方が同じなんでしょうね。
しかも、これまでも書いてきたように、棒を振ると腕が疲れて(背中で振っているつもりですがやはり疲れます(笑))、無駄な力が抜けます。
棒と突き、いい関係です。
型は、徳嶺の棍を3回。
2回はノーマル、1回は左右を反転させて。
最後に、型のナイファンチを2回、ナイファンチ立ちの前蹴りを数本。
今日は、こんなとろこで。