先日読んだ『七つの会議』が面白かったので、今度は、『空飛ぶタイヤ』を読んでみました。
池井戸潤の代表作の一つ(出世作?)と言われる作品。『七つの会議』と同じく、“リコール隠し”をテーマにした経済小説です。

いやはや、今回も脱帽です。

面白い、面白すぎます。

小さな運送会社が起こした、タイヤ脱輪事故。整備不良のために起きたと片付けられたこの事故のせいで、幼い子を持つ母親が亡くなります。また事故を起こした運送会社も信用を失い経営が窮地に追い込まれていきます。

しかし、何かおかしい。
整備に漏れが無いことを確認した運送会社の社長・赤松は、タイヤ脱輪の原因が、トラックそのものの欠陥にあっと確信します。
しかし相手は、財閥系自動車メーカー。町の小さな運送会社の主張は、いとも容易く弾き返されてしまいます。

信用を失い、顧客から捨てられ、資金繰りに窮し、被害者家族から憎まれ、家族も地域で後ろ指さされる状況の中、それでも赤松は、財閥系自動車メーカーに挑みます。
焦点は、彼らの“リコール隠し”を暴けるか、にかかっていました・・・。

そんなお話です。

言うまでもなく、三菱自動車工業のリコール隠し事件をモチーフにした物語です。

主人公を「整備不良で人を殺した」として追い込まれていく小さな運送会社の二代目社長にした点が、まずお見事です。

従業員数10人の中小企業の社長が、己の誇りと生き残りをかけて、巨大企業に挑む絶望感は、勝利のカタルシスを約束します。

財閥系自動車メーカー内部にも、“リコール隠し”を暴こうとする内部告発の動きがあります。その描き方が素晴らしい。
内部告発の動きが、単なる正義感からではなく、半分以上は社内政治の権謀術策の手段として行われていくこと、そしてそれゆえに、告発者自身が、社内の闇に絡め取られていくのです。
単なる正義対悪では進んでいかない現実世界の苦さが、そこには描かれています。

他にも多くの人物が登場し、様々な立場から、赤松と財閥系自動車メーカーとの戦いに関わっていく点もいいですね。
赤松を憎む被害者の夫、
赤松の運送会社への融資に関わる二人の銀行担当者、
財閥内での救済を求める自動車メーカーを苦々しく思いながら、組織の論理に押し潰されそうになるメガバンク行員、
リコール隠しを暴こうとする記者、
赤松を犯人と確信して、その逮捕に血眼になる正義感の強い刑事、
そして赤松を支える家族と仲間。
この群像ドラマが、物語に深みを与えています。

素晴らしい物語でした。

ただし、気を付けなければいけないのは、あまりにリアルなこの物語が、三菱自動車工業の事実を暴いたノンフィクションではないこと。

あの事件をモチーフに、池井戸潤が、力を奮って生み出したフィクションが、『空飛ぶタイヤ』です。

この物語には、多くの教訓が秘められており、読む者はそれを受け止め、学ぶべきですが、この物語の筋書きを以て、これは三菱自動車工業のことだ、と盲目に叩くのは“違う”でしょう。

『空飛ぶタイヤ』の「ホープ自動車」と三菱自動車工業を完全に同一視したかのような書評が、ネット上に少なくないのを見て、この点が気がかりになりました。

三菱自動車工業を批判するならば、それは三菱自動車工業の事件に関わる事実に基づいて。

その作法を押さえた上で、我々は、『空飛ぶタイヤ』を読みながら、赤松に喝采し、「ホープ自動車」の歪んだ姿を我が身を正す反面教師として見るべきだと、私は思います。

いやはや、それにしても、読みごたえのある物語でした。


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