六尺棒を振るようになってから、長く重いものを振る鍛錬にはまってしまいました。

単純な筋力トレーニングになるだけでなく、
ものを持つことによって重心がずれた状態での身体操作感覚
 (これは投げ技に役立ちそうです)を得る効果、
膝抜きの習得効果、
右足前の構えの常態化によるサウスポー感覚を得る効果、
踏み込み(左足前→右足前)を繰り返すことによる、 空手での回り込み運足
 の定着効果
など、振れば振るほど、いい感覚が体内に蓄積する手ごたえがあります。

ただ、これまで主流に振っていた六尺棒については、
①長過ぎて室内で振ると危ない(照明割りました・・・)、
②上記の効果を感じやすい「打ち」「振り」から「突き」への稽古メニューを変えた(→「打つと突く 二つの袈裟打ち 」)、
といったこともあり、室内鍛錬用途にはやや不向きになってきていました。
(室外での、棒の技術のための棒振りは続けますが)

そこで、室内鍛錬専用に木刀を買おうと決心。
以前から気になっていた神保町の武道具屋「陽明堂」に行ってきました。

 * * *

古き良き神保町の雰囲気を残す陽明堂。
中に入り、展示されている種々の木刀を見ていると、奥から如何にもこだわりがありそうな初老の店主さんが現れて、手彫りの木刀の良さを熱く語り始めました。しかしこちらは剣道の形用の木刀を求めているわけではないし、古流剣術をやっているわけでもないので、早めに「鍛錬用の木刀を」と目的を話すと、今度はいろいろな木刀を持ち出し、順に振らせてくれました。

「これは太いけど、重さが手元にくるでしょう。」
「こっちは重さが剣先にくる。鍛錬にはいいね。少し軽いかな?」
「機械彫りの安物と、手彫りの本物の違いは、まず、木材の質とどれだけ時間をかけて乾かしているか。そして繊細な重心の置き方だよ。」
「手彫りは一本と同じものは無い。合わない規格品を使って稽古がつまらなくなるくらいなら、自分に合った一本を探して、しっくりくる感覚を楽しみながら稽古をするといいよ。」
「竹刀は消耗品だが、木刀は一生モノだよ。いい物を買うといい。」
「これはいい黒檀だよ。細く見えるけどしっかり重いし、堅い。」
「この木目は汚く見えるかもしれないけど、鎬と木目の向きがきっちり合っていて、どんなに激しく組太刀稽古をしても折れないよ。いい木刀が欲しいなら木目が汚いものを、なんて薦めることもあるくらいだからね」
「そこのも振っていいよ。示現流で使うものだよ」

などなど。

木刀初心者の私に、時間をかけて説明をしてくれる店主さん。
木刀ワールドの奥の深さに感心しながら、時間や効率など関係なく、自慢の商品のうんちくを語りだす店主に、以前いったイスタンブールのトルコ絨毯屋さん(彼らはチャイをご馳走してくれながら、2時間でも3時間でも、絨毯の話や世間話をしながら商談を続けます)を思い出してしまった私でした。

木刀の方は、10本近く試した末に、一番重さと振った時の手応えがしっくり来た直刀ものを選びました。
「いいの選んだね。」とにっこりする店主さん。値段の端数をまけてくれた上に、木刀を入れる袋までおまけにつけてくれました。

さすがに恐縮していると、
「いいんだよ。今は、インターネットで一番安いものを選んで買う時代だろ? 店に来て手で触れれば、高い手彫りにどんな価値があるのか分かるけど、インターネットで見てたら、それが分からない。あなたは、『木刀は素人で何も分からない』と言ったが、わざわざ手で触ろうと店まできてくれた。それが嬉しいんだよ」

さらには、「さっき六尺棒も振ると言ったね。手彫りの本物の六尺を振ってごらん」と3万円の値札のついた六尺棒まで手渡してくれました。
握ってみると、手の内の馴染み、すべりが違います。
袈裟打ち、下打ち、下段送り突きと技を出してみると、特に下段送り突きの時に、手の内の馴染みと滑りが絶妙で、棒がスッと前に伸びていきます。明らかに、私が持っている棒と異なる手応えです。

「違うだろ?」
「違いますね・・・」
「そりゃそうだよ。六尺も本格的にやって今の棒じゃ物足りなくなったら、買いにおいで」

いろいろと教えてもらい、親切にしいてもらい、嬉しさのあまり最後は「ありがとうございました」と自然と頭を下げて店を後にしました。
今でもこうしたいい店が残っているんですね。

 * * *

うちに帰って室内で振って見ると、改めて剣先に重さが乗る適度な手応えに納得。
これなら、悪阻の嫁さんを置いて室外に棒を振りに行くこともなく、リビングで安全に楽しく鍛錬ができそうです。
いい買い物をしました。

木刀
(長さ115cm、重さ1.3kg。今の私にしっくりくる直刀型の木刀です)