10年ぶりに再開した空手が面白くてしかたない。

しかし、もともと好きなものについてはオタク的になりがちなはみ唐さん、最近、空手オタク化の傾向が・・・


土曜日、こんな本↓を買ってしまいました。

 富名腰義珍(初版1925年、復刻1997年):『錬胆護身 唐手術』


えー、初版は大正14年です。

著者は本土(内地)に空手をはじめて伝えた空手の父、富名腰(のちに船越に改名)義珍大先生。

内容は富名腰先生による空手の歴史や技術の紹介。

言ってみれば、「独習C 」の空手版ですわ。



最近、桧垣源之助(2005年):『隠されていた空手』の影響で、本土における黎明期の空手に興味が向いてしまったはみ唐さん。ついに古典にまで手を伸ばし始めてしまいました・・・。


でもね、読んでみたら、掛け値なしに面白いんですわ。

旧仮名・旧漢字で文語調がいい。最近の文章よりも、音読向きのリズムがあって内容が素直に伝わってくる。


第1章なんて、いきなり、「唐手とは何ぞや」ですよ。しびれる。


本土の柔道や剣道よりも一段下に見られていた空手をなんとか一級の武道としてきちんと紹介しようという富名腰先生の純粋な(むしろ愚直なまでの)想いが行間から伝わってきて、なんか、じーんと来てしまいました(大丈夫か、俺)。



時代背景の違いを感じる記述もありました。

大正14年(1925年)といえば、あのワシントン海軍軍縮条約締結(1922年) の3年後。第一次大戦後の世界秩序再構築のため、列強の軍艦の数を制限しようとした条約。ここに始まる欧米による新興・日本への抑制、そして日本国内での軍人蔑視の風潮が、二・二六事件や昭和初期の軍国主義台頭という軍人たちによる反発の背景になったといわれる、あの軍縮条約。


『錬胆護身 唐手術』では、軍縮の時代だからこそ、国民は武器を持たぬ武術である唐手道を身につけるべきさ、という意味のことが書かれていたんですわ。


序文を書いた海軍少将・漢那憲和氏にいたっては、国民が優秀な兵士となるために、空手が柔道、剣道に負けぬ武術であることを強調している。

大正期の日本の雰囲気を伝える貴重な証言なのもしれんですわ。

そして、それと同時に、空手の普及もまた、こうした歴史の背景があってのことだった、と考えさせられた記述でした。



空手普及を大正史のコンテクストのなかで捉えるという作業は、もしかしてまだ十分になされていないんじゃないのか・・・。いや、逆に空手普及の視点から、大正時代を再検証することができるのではないだろうか・・・。