私、外面は相当いいのでそこそこ面白ければ笑うし、多少の失礼な言動も気付かないふりができます。自分のことも人のことも客観的に見るのは子供のころから得意だったと思うので、少し親しくなるだけで、悩み事を相談されることも多かったと思います。この人には私はこういう立ち位置がいいのだろう、と考えそれに徹します。弱味を握らすのが嫌で自分の悩み事は人に言いません(笑)。だいたいいつも元気で、何を言れてもそうそう怒らずスルーして、何かを任せられると気合いでやる。大半の人が納得できる結果が出るまで。そんなだから、すごく強い人、ってイメージを持たれることが多いですが、実際はそんなでもないし、弱音吐く相手も欲しいし、何より、疲れて、しんどくて、何も聞きたくない、したくないって時も結構あります。ありがたいことに夫にはわりとストレートに自分が出せ、私のことを理解してくれてきたようですが、結婚当初などはきっとこんな人とは、と感じたと思います。ただ、自分でもイマイチ自分の性格が分からないところがあり、本当はどう生きたいのか、どうして欲しいのか、よく分からない。元来の性格なのか、長い間の脱毛症の経験のせいか、弱くはない!と思っている部分もあるし、正直、弱かったら脱毛症を抱えたまま女子が青春棒に振って生きるには無理があったと思っています。神様みたいな人が私なら大丈夫だろう、と脱毛症にさせたのかなと思うくらいに。ただ、語弊がないよう捕捉しますが、脱毛症でも、幸せになります。自分が思い描いていたよりずっと、幸せになります。辛いのは紛れもない事実だし、両親や兄弟も辛い。でも、私がなんとかやってこれた一番の理由はやはり家族。どうにか治そうと、心を癒そうと寄り添ってくれたこと、脱毛症だから仕方ないよね、とひねくれさせてはくれず、どこででも勝負できる一般教養と力をつけてくれたこと。親とぶつかることもかなりありました。ひどい言葉も何度も言いました。きっちり怒られそれでもやっぱり見方でいてくれて、愛されていると感じ続けることができた。ちゃんと気付かせてくれていました。だからそんな両親のためには、今からでも治ったらいいな、とは思います。もう高齢の両親だから肩の荷を下ろして欲しい。でも私だけのことを考えると、けっこうどっちでもいいかな。年季はいった脱毛症なので付き合い方も、外の人との社交術もある程度マスターしたので。美容室行ったことがないから戸惑うし、お金高くてびっくりしちゃうだろうし。ただ、年季はいったこの頭、何か研究などには使えないものかしら、と思います。決定的な治す一手を探すために。そうなればベテランも報われるってものです。