大学病院に通いだし、治療の効果は得られないまま、原因すらわからない。それでも、毎日新しい朝が来て。ラジオ体操の歌のような希望の朝が!ってわけにはいかず、学校に行かなきゃな、といつも通りに友達たちと合流しながら。学校での生活はありがたいことにそこまで辛い思いをすることもなく、そこそこ楽しく過ごしていました。ただ、運動音痴な私が唯一得意だった水泳の授業は出られなくなりました。水泳部も辞めざるをえない。水泳が駄目だった訳ではなく、水泳帽に被り替えるのが出来なかっただけですが。いくら皆がよくしてくれても、ハゲてしまったって分かっていても、それを見せるなんて、パンツ見られるより嫌でした。今はウィッグ着用ですが、夜道で襲われるようなことがあっても頭を見せてやる!びびって逃げるだろう!って夫に息巻いているほど。日常生活で、特に小学生くらいの突拍子もない動きに満ちている生活では、いつ帽子が外れるだろうと不安に満ちてはおりました。鉄棒が免除になったのはラッキーでした。ドッチボールも怖いし縄跳びですら、帽子に引っ掛けたりしたらアウト。まぁそこまでの配慮はさすがになかったですが。風が吹くだけで焦る。授業はびびりながら受けていれば後はいつも通りなのですが、学校行事がたくさんあります。運動会、文化発表会、授業参観など、あと習っているピアノの発表会。うちの小学校はお父さんの出席率が高いんです。平日の授業参観でもお父さんがたくさん来る。つまり、夫婦で参加する家庭が多かったのでしょう。運動会でも父兄リレーはまさしく父兄でガチガチのバトル。だからイベントがあると集まる人数がめちゃくちゃ多い。そうなると自然に私に目がいくようで。クラスの子のおじちゃんおばちゃんは、よく会うのであまりこちらも構えずにすむのですが。その他大勢が。私が気にし過ぎていたのでしょうが、視線が辛くて、何故かことさら楽しそうに見えるようはしゃいでみたりするのです。多分、自分に鎧を着けるような気持ちだと思います。父も授業参観も運動会もほとんど全部参加で母は役員をしていたのでこれまた参加。それは心から嬉しかった。楽しんで学校生活してるよ!って見せなきゃって気持ちもあったけれど、心強くも感じていました。まさか卒業式も帽子で出ることになるとは思っていませんでしたが。こんなに治らないなんて、私の周りでは誰も思っても見なかったことです。帽子で生活するようになって、写真は嫌になりました。必要最小限にしか写っていません。卒業アルバムまで帽子なんて、子供には辛いです。大人でも辛いですが。改めてまじまじと自分の姿を見たくないから。卒業アルバムの準備が近付いたころ父からカツラを被る提案がありました。その頃には全頭、全身ツルツルになっていました。腕はもちろんちょっと成長してきた下の毛まで。