私には10歳離れた兄と8歳離れた兄がいます。両親にとってはやっと出来た娘なので夢がいっぱい。3歳からピアノ教室に通い、髪を長く伸ばし、可愛いお洋服を着せ。兄たちもそれなりに可愛いがってくれ、でもお兄ちゃん達の遊びには入れてくれず、よく泣いてました。当の娘は、おてんばというかわんぱくに成長し、ピアノだけは高校まで続けましたが、小学生になる頃には可愛い洋服は卒業しズボンを好み、100歩譲ってキュロットスカート(今でもあるのかな。)、というあんばい。学校が私服校だったのでなおさらスカートは履く必要もなく。
大学病院へ行ってみることになった時に反対というか心配したのが上の兄だったそうで。兄はもうある程度大人になっていたので、大学病院といえばたくさんの学生さんが見に来て、見世物のようになるのでは、と。いくら男まさりな妹でもそれは可哀想ではないか!みたいなことを言ったそう。(意外と優しいなぁ。)私はそんな知識もなかったので何も知らず、母は大学病院ならいろんな治療があるだろうからと、すがるような気持ちだったのではないかと思います。確かに初診の時からたくさんいました。お兄さんお姉さんたちが。ここで帽子取らなきゃいけないのーって思いながら平気な顔をしました。担当の先生はやさしい小さなおじいちゃんで当時から大学病院のだいぶ上の方の先生だったらしいです。そこでも悩み事を聞かれ、ここまで来ると脱毛症以外の悩みなんてない!って気になってました。もう、落武者どころの状態ではなかったので。ほとんど全部抜けていて、眉毛も半分くらいになっていましたが、円形脱毛症と言われていたと思います。数ヶ月は薬を塗って光線をあてていましたが、眉も睫毛もなくなり、腕の産毛も抜けていきました。眉毛がないって、本当に人相が恐くなります。吉本新喜劇の悪い役の人みたいに。母に眉毛の書き方を習い、学校にも許可をもらい眉毛を書いて通いました。左右ずれていましたが。外へ出ればとても見られます。病院でも見られます。近所を歩けば敢えて見ないふり。傷つくより、冷静に分析してるような感じでした。なるほどねって。そりゃそうだよねって。もし私でも全く知らない人がずいぶん奇天烈な格好してたら観察しちゃうだろうし、近所の知ってる子が重い病気になったりしたら敢えて触れないよねって。まだ、中学生になるまでには治るものだと思っていましたし。この前向きさというか楽観主義、性格なのかな、その後も、今後も、私の人生を苦しめたり助けたり。面白いものです。