小学校の高学年期を、脱毛症で帽子を被り、下手くそで左右非対称な眉を描いて過ごしましたが、びくびくしながらも楽しい時間でした。私のクラスは全体がやんちゃでちょっと大変なクラスだったようです。大人になって聞いたのですが、なかなか担任が決まらなかったと、先生がおっしゃいました。確かにジャイアンのような子が数名いましたし(でもとても情に厚い優しい子)、私のように脱毛症、ひどい喘息の子、ひどいアトピーの子、多動の子、発達の遅れがちな子、もちろん何もなくすくすくと育った子、本当に今思えばキャラが濃い!でも、不思議なことにすごく仲が良かった。たまにからかってそれがけんかに発展することがありましたが、
だいたい弱い子がからかわれたりするのですが必ず数名のジャイアンの誰か一人が出てくる。で、またけんかになって、先生が出てきて、ものすごく怒られる(笑)でも、先生は全部話しを聞いてくれるので事の始まりから、誰が関与してって状況まで聞いて、クラス全員怒られる。全員怒って全員庇う、というのをちゃんと見せてくれる先生でした。だから、弱い側の子が何かを仕出かしてもちゃんと怒る。かなりな勢いで。ただそのおかげで自然とお互いをカバーし合うクラスが出来ていました。そんな中にいたので私も精神的なダメージも少なくのびのびと通うことができました。卒業式では全員が隣に建ってる中学に上がるだけなのに、号泣!先生も親も一人も漏れずクラスで号泣する、訳の分からない状況になりました。卒業式で泣いたのはこの時だけでした。卒業アルバムは帽子で、写真もほとんどありません。両親がこっそり遠くから撮ったものが数枚。両親にとっては帽子だとか関係なく娘の姿を残しておきたいものですよね。この歳になって、申し訳なかったなと思います。ちゃんとピースでもして写るべきでした。
そして中学入学。中学校は近隣の3つの小学校から入ってきます。小学校は私服でしたが、中学校は制服があります。学生服に帽子。考えただけでも滑稽です。そして、何も知らない人たち。どう見られるのか、どうなるのか。語弊があるといけませんが、中学に上がる私の中には「髪がないだけでオカシイヒトとは思われたくない。」まだ、中身を見てもらうなんて、おおらかな気持ちも持てないですし、怖いというより恐怖でそんな余裕もありません。ただただ、自分がどんな目で見られるのだろうか、と不安に思ってました。楽しそうに笑ってることもできません。実際、入学準備などの説明会では見られるし、避けられるし、今後の生活を物語っていました。