はじめに

 

中道改革連合(以下、中革連)については「中道の受け皿」「改革勢力の結集」といった説明がなされている。しかし、実際の発言・行動・政策決定過程を観察すると、そこには対等な連合とは言い難い、明確な力の非対称性が存在する。本稿では、①中革連内部における公明党と旧立憲民主党勢力の力関係、②さらにその背後にある創価学会と公明党の関係という二層構造から、中革連の実態を整理する。

 

 

 

1.中革連内部の力関係──「連合」ではなく吸収構造

 

中革連を理解する上で最初に確認すべき点は、「5つの旗」を掲げた主体である。それは中革連ではなく、公明党であった。

 

この事実は象徴的である。元立憲民主党の議員たちは、自らの理念を持ち寄って新しい連合体を形成したのではない。公明党が設定した枠組みの下に「集められた側」に過ぎない。

 

野田佳彦共同代表による「改めて基本を学ぼうと思い、公明新聞で池田大作先生の中道政治論を読ませていただいた」「人間主義に基づく中道について、斉藤さんから多くを吸収した」といった発言は、この非対称性を自ら認めるものと言える。思想・規範・判断基準の供給源がどこにあるのかを、言外に示しているからである。

参照:https://mainichi.jp/articles/20260123/k00/00m/010/119000c

 

さらに、松下玲子氏による「中に入って中から議論する」という趣旨の発言が投稿後に削除されたこと、安住幹事長が「政権を担うとなれば、いま(移設計画を)ストップするのは現実的ではない」

(参照:https://www.asahi.com/articles/ASV1P3DC0V1PUTIL01DM.html)と述べたことを合わせて考えると、「中から変える」「議論して同意を形成する」という説明が事実上成立していないことが分かる。

 

ここで起きているのは議論ではない。既に定められた結論への適応である。

 

 

2.「懲伏」という統治様式

 

公明党と立民出身議員の関係を理解する鍵は、「懲伏」という概念にある。

 

懲伏とは、本来は宗教用語であり、「誤りを正すために厳しく指摘し是正する」行為を指す。そこには対等な意見交換は含まれない。正解は既に存在し、相手はそれに従うべき存在とされる。

 

小西洋之氏が「安保法制違憲は否定されていない」と述べても、それは政策議論として扱われない。松下玲子氏と同様、立民系議員は「勉強不足」「理解不足」とされ、懲伏の対象となるだけである。

 

結果として彼らに残される選択肢は三つしかない。

 

1. 沈黙する

2. 公明党の路線を内面化する(事実上の改宗)

3. 離党する

 

 

「対等な議論」は、構造上そもそも存在しない。

 

 

3.自公連立との決定的な違い

 

中革連を理解する際、しばしば自公連立政権との類似が指摘される。しかし両者は本質的に異なる。

 

自公連立では、自民党と公明党という二つの主体が存在していた。自民党は公明党が受け入れ可能な形に法案を修正し、いわば「骨抜き」にすることで合意を形成してきた。そこには交渉と妥協があった。

 

一方、中革連ではそのような二主体構造が見られない。公明党が規範と結論を提示し、立民系議員がそれを消化するだけである。

 

これは連立ではなく、吸収合併に近い。

 

 

4.さらに上位にある力──創価学会と公明党

 

ここで視点を一段上げる必要がある。公明党自身の政策立案過程である。

 

公明党は、金・人・票のほぼすべてを創価学会に依存している。選挙運動の実働部隊、安定した組織票、資金基盤はいずれも創価学会が供給している。

 

この関係から導かれる力関係は明白である。

 

創価学会 ≫ 公明党

 

では、なぜ創価学会の指導者層は政治家にならないのか。それは選挙が不確実性を伴うからである。公明党ですら代表が落選した例がある。もし創価学会の権威ある指導者が落選すれば、宗教的権威そのものが傷つく。

 

合理的な組織であれば、そのようなリスクは回避する。結果として、創価学会の指導層は表に出ず、公明党を通じて間接支配を行う方が遥かに安全で強力である。

 

 

5.政策はどこで決まるのか

 

公明党内部では、政策を巡る激しい論争や造反がほとんど見られない。これは通常の政党としては異常である。

 

この静けさは、決定が別の場所で既に終わっていることを示唆する。すなわち、創価学会の指導者層である。

 

中革連の政策とは

 

・創価学会で方向性が決まり ・公明党に宣下され ・立民系議員がそれに適応するか排除される

 

という流れで形成されていると考えるのが最も整合的である。

 

 

 

結論──中革連とは何か

 

以上を踏まえると、中革連の実態は次のように定義できる。

 

中革連とは、創価学会の教義的判断を政策に翻訳する装置であり、公明党はその公式窓口、立民は一時的に取り込まれた素材に過ぎない。

 

そこに議論はなく、あるのは懲伏だけである。