改めて
「自分の感覚を信じる」
大切さ
ここ数ヵ月、
ここ数日、
ひしひしと感じる。
そんな出来事と出会う。
おもしろいほど、
嫌っていうほどそこに着地する。
誰かと比べたり、
自分はできていないと否定したり、
できているのかなと不安になったり。
外を意識して緊張感したり。
そんなことが
自分の感覚を小さくする。
感じなくさせていく。
誰かと比べるほど
死んでいく。
だから、
自分を信じて。
何にも邪魔されない。
安心して。
ただ
自分の感覚が
「ある」のを認める。
ただ信じる。
唯一無二
ただ、
似た感覚を
他と共有したり、
確認することで
肯定感は上がるかもしれない。
一時的には元気になる。
自信がないときは
それが必要なときもある
かもしれないけど、
本質的には
いらんことなんよな。
みんな違うんやから。
自分で自分に
花丸💮をあげて、
それでいい、
それでこそ私やな、
ってOKを出す。
いろんな事があるから、
いろんな人がいるから、
自分がハッキリする、
知らなかった自分を発見できる。
お互いの感覚を認め合う。
俺か俺以外か!
子どもが小さいとき、
子どもが眠るのが待ち遠しかった。
自分だけの時間が欲しかった。
でも、それが
子どもがおらん方が楽って
子どもを厄介者にしてる
感じを自己嫌悪してた。
子どもと一緒に
エネルギーが繁栄する
関係が作れるはず、って
本当は思ってた。
でも、どうすればいいか、
わからなかった。
その自分の感覚を
表に出さず、眠らせていた。
そして、現実の忙しさにかまけ
恩着せがましく
子どものためにって
自分の感覚を後回しにしてたんやな。
漫画でみた優しいオカンに憧れて。
過去の自分家を再現して。
今の自分と子どもたちの
感覚を無視してたんやな。
ようやくわかった。
ありがたや。
また、今から、
ゼロからスタート。