娘が骨折、手術、入院


やってもうた。



私のアンテナ

鈍っていた。




ごめん、娘よ。

あなたが8月の終わりから



おかしいことはわかっていた。
どうにかせなかあんと
思いつつ、
後回しにしてた。  



日常生活、
学校、お金、世間体。


自分でない環境に
飲み込まれたまま。



娘は
身体を犠牲にして
日常から脱却


彼女は
現代の新人類。
新しい世界で生きていく人。


何もかもみえている。
わかっている。
愛がある。


起こった事実は
外から見たら
悲惨なできごとかもしれない。


最初は私も
顔面蒼白、自己批判。


だけど、
静かに娘との
空間を感じることで


心に平和が訪れた。
これでいい。
これは嫌。
これがいい。


評価社会で戦う、 
誰かより優れるために
生き残るための社会で
生きてきた私に、



その出口まで
つれていってくれた娘。


ありがたき。




残された家で
飄々と過ごした
兄、姉二人。


こちらもまた、
なんか凄い。

やっぱり、親は
子どもに産まされている。



時間は未来から
流れている。


起きることは必然でしかない。


仕事を9月はほとんど
入れてない。


こんなことある?
考えたって無駄。
おもしろすぎる。


子どもを実験に使っては
イケナイと反省。

自分の内面の修正。
誰かのためのものは
もういらない。

見つめるのは
自分のみ。