「アーサー王と円卓の騎士」(ローズマリ・サトクリフ著 山本史郎訳)を読み始めた。とは言っても、読むスピードは遅々としている。というのは、寝る前の30分程度の、現実と夢の入り交じった時間だけ、1章程度の量を読むことにしているからだ。それがとても心地よい。

 アーサー王物語の翻訳はすでに20年ほど前になされたが、その普及版は昨年11月に発刊され、1年経っていない。書店で手に取って、いまさらアーサー王か、とも思ったが、意外に簡潔な文章で分かりやすく、これなら飽きずに読めそうだと買ってしまった。この普及版はほかに、「アーサー王と聖杯の物語」、「アーサー王最後の戦い」の2作があり、全三部作となっている。

 さて、紀元5世紀ごろ、ブリテン島を支配していたローマが軍隊を引き揚げると、島内で勢力争いが始まる。さまざまな民族や王たちが戦い、その中から、島を統一する優れた英雄が生まれたのだという。それがアーサー王だった。その言い伝えが12世紀ごろに文字に記されるようになったという。

 記されているのが、単なる戦いや征服の記録だけなら面白くはないが、中世という暗黒の時代にふさわしく、魔法や怪物や奇跡や騎士道が絡んでくる。それが殺伐とした現代社会の窮屈さから読者を解放し、空想の世界に誘ってくれる。夢に入り込む時間に読むには、うってつけの「睡眠導入剤」とも言えるのだ。

 読んだ中から、少しだけ紹介すれば、少年のアーサーが、石に突き刺さった剣を抜く場面だ。その剣は「抜き去りし者こそ、真にブリテンの王に生まれつきたる者なり」とされていた。教会の庭に置かれた大石にかなとこが付けられ、それを剣が貫いている。地方の王や諸侯が引き抜こうと試みるが、成功したものはいなかった。

 「アーサーの手が触れると名人の手に感応する竪琴(ハーブ)のように、剣がぶるんと震えたように感じられた。アーサーは胸の中に奇妙な感覚を覚えた。なにか、生まれる前に忘れてしまった真実がいまにも明らかになりそうなーそのような感覚であった。(中略)アーサーはかなとこから剣を引き抜いた。十分に油を塗った鞘(さや)から剣を抜き払うような、いかにも慣れ親しんだ動作らしい、なめらかな手つきであった」

 私の就寝前の読書習慣は、今に始まったわけじゃない。60年以上も前、母親が「積み過ぎた箱舟」(ジェラルド・ダレル作 浦松佐美太郎訳)や「ドリトル先生航海記」(ヒュー・ロフティング作 井伏鱒二訳)などの本を読み聞かせてくれたのが最初だ。どちらも動物が出てくる楽しい本だったが、「積み過ぎたー」は「暮らしの手帖」に連載されていたものだったと思う。

 その影響で、中学時代には芥川龍之介、志賀直哉、森鴎外らの作品を寝床で読むのが楽しみとなった。さすがに社会人となってからはベッドでの読書は減ったが、この年になると、読む時間はたっぷりある。寝苦しい熱帯夜をうっちゃるためにも、こうした読書を増やしたいと思っている。       (2024.7.4 風狂老人日記)