将棋教室で子供たちから元気をもらっていることは書いてきたが、もうひとり私に元気をくれる人物がいる。それは、80代も後半かと思われる女性だ。
私の家から数十メートルの場所に、2年ほど前に建った住宅に引っ越してきた。息子さんと二人暮らしのようだ。引っ越してきたばかりのときは、まったく歩けないぐらい衰弱している様子だった。ときどき家から出てくるが、杖をついて立っているだけで、ペコリと会釈をしてくれるぐらいだった。無表情で、何の会話もない。
ところが、その半年後ぐらいから、家の前を歩き出した。晴れの日も、雨の日もほとんど欠かさず、行ったり来たりしている。最初は、そのヨロヨロ歩きが痛々しかった。そして1年以上、「小さな散歩」は変わらず続いているが、劇的に変わったのは、とくに彼女の表情だ。
「きょうは晴れて、よかったですね」と声をかけると、「そうなの。きょうはゴミを出しにいったの」と満足げな答えが返ってきた。
前歯が何本か欠けた口を開け、にっこりと笑っている。皺も肝斑(しみ)もぜんぜん気にならない。笑顔は屈託無く輝いて、幸福感に満ちていた。その輝きは日ごとに増し、最近は足取りもしっかりしてきた。私はその可愛い笑顔が見たくて、行き会うと、声をかけるのが日課になった。
もっと歩けるようになったら、息子さんと温泉にでもいくのだろうか。息子さんには会ったことはないが、新築の家に母親を住まわせ、こんな幸福そうな笑顔にさせる孝行息子は、さぞかしいい人物なのだろう。女性の顔をみながら、息子さんの顔を想像している。 (2024.5.15 風狂老人日記)